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けれど目の前の人物は彼の血縁者と見て間違いなさそうだ。本人の知らぬところであれこれと聞くのは些か気が引けるが、この際なりふり構っていられない。
ほんの少しでも彼の情報が欲しかった。
近付きたいなんてそんな邪なことは、ほんと少し、考えてはいるけれど。
あくまで目的は謝罪のためだ。
「龍樹の方が弟ですけど、兄弟です」
「え、え!?ごめん!」
「いや別に双子だし、兄とか弟とかあんまり関係ないですけどね」
「ふたご」
ふたご。
ふたごってなんだっけ。
思わぬ事実に落合の頭は既にショートしていた。
「あの、用がないならもういいですか?」
「あ、あああ、だめ、待って!」
ふたご。きょうだい。
願ってもない、ほんの少しでも彼のことを知りたいのだ。
双子の兄弟なんて、文字通り生まれる前から一緒にいるのだから、よく知っているに違いない。
あからさまに迷惑そうな顔をした水樹に怯むことなく落合は細い手首をしっかりと掴んだ。
今この人を逃したらきっと次はない。
直感だったが、その直感を微塵も疑わなかった。
「あの、たちばな…た、たつきくん?にちょっと用があって、どこに行けば会えるかなって…心当たりとかあったら教えて欲しいんだけど」
たつき。
目の前の人は彼のことをそう呼んだ。
初めて呼んだその名前に胸がざわつく。ああ出来れば本人の口から聞きたかったけれど、でも嬉しい。
どういう字を書くのかわからないが、彼にぴったりだと思う。何を根拠にと言われたら答えられない。
あれ、そういえば、たちばなってどの字だろう。なんてことだ、苗字も半分しか知らないじゃないか。
「特進はまだ授業中だと思いますけど…あいつトロいからホームルーム終わる頃に行けばしばらく教室にいるんじゃないですか?」
「教室ってどこ?」
「…?」
あ、失敗した。
水樹の顔が怪訝そうに歪められたのを見て、落合はさっと血の気が引いた。
新任とはいえ自分は教職員だ。
当然事前にどの辺りにどの教室、準備室、ときちんと案内は受けている。
もう授業だって始まっているのだから実際にこの校舎の行き来は何度もしているのだ。
おまけにこの学校はそんなに馬鹿でかい校舎ではないし、複雑な作りでもない。
「あ、の…」
どうしよう。
どうしよう。
教師が特定の生徒を探しているのに、探している生徒のクラスがわからないなんて、どう考えても不自然だ。
さらに言えば彼が在籍しているはずの特進科は1学年1クラスしかないから、クラスどころか学年もわからないのがバレてしまった。
つまり、教師としての用事ではなくて、個人的な用事だということもバレてしまう。
彼とよく似た容貌でじっと見つめられると、どうしていいかわからなくなる。
似ているとはいえ本人ではないのにこれなら、実際に見つめられたら気絶するかもしれない。あ、でも、気絶するなんてもったいない。
射抜くような水樹の視線から目を反らすことができない。
どうでもいい妄想とも言える思考だけはよく働く。肝心の場を取り繕う言葉は何一つ出てこないのに、だ。
緊張感が落合の思考回路を現実逃避のように他所へ飛ばしてしまっていた。
水樹の視線が落合の目からゆっくりと下りた。
その視線はがっしり摑まれた手首を一瞥して、そして、にぱっ!と効果音が付きそうなほどいい笑顔を作った。
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