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嗅ぎ慣れないフェロモンにふっと意識が戻って思い瞼を持ち上げると、見慣れた天井が視界に広がった。重だるい身体には僅かに熱が残っている。
のっそりと体を起こして辺りを見渡すと、天井は見慣れたものなのに部屋には見覚えがない。どうやら寮の一室らしかった。
すぐ側のローテーブルに、ペットボトルの水と置き手紙。そのテーブルの下に、水樹の学生鞄。水樹はボーッとする頭で手紙に目を通した。
謝っても謝りきれないことをした。
部屋にあるものは自由に使って構わない。
鍵は気にしなくて良い。
もう顔も見たくないだろうが、もしも許されるなら、直接謝罪がしたい。
「…真面目だなぁ。」
クスッと思わず笑ってしまって、ありがたく水をいただいた。この期に及んで変なものは入っていないだろう。いつから置いてあったのかわからないがすっかり常温で、さして美味しくもなかったけれど、喉は乾いていたようで一気に半分飲んでしまった。
そっと首に手をやると、しっかりと首輪が嵌っている。水樹はホッとして、再びベッドに沈んだ。ベッドから香るフェロモンにクラリと目眩がした。
けれど、求めるものとは違う。
「水無瀬…」
水無瀬のことばかり考えていた。
あの人でなければ嫌だと思った。
身体が悦んでいたのは否定できないが、心は水無瀬を求めて喘いでいた。
好きだから。
「なんでよりにもよって今日なのかな」
水樹は自嘲気味に呟いた。
忘れようとしていた恋心を呼び起こしてしまったのも、発情期が起きたのも、その発情期で望まない相手と行為に至ったのも。たった1日の出来事だ。
まるで全て仕組まれたかのよう。
「思い出さなければよかった。」
忘れたままにしていたら、こんなにも嫌悪しなかったのだろうか。
「友達のままでいられたらよかった。」
恋を知らなければ、こんなにも傷つかなかったのだろうか。今まで通り、項さえ守れれば、孕まなければそれでいいと楽観できたのだろうか。
「恋なんてしなきゃよかったな。」
綺麗な思い出にしておくこともできずに、ただただ苦しい思いを重ねるだけ。
いいことなんてひとつもない。
脳裏に過った昼間の光景。
水無瀬と龍樹の睦じい姿。
綺麗で温かくて優しくて、まるで一枚の絵画のようだったあの光景。自分の様な下等の生き物が踏み入っていい場所ではなかった。
「…双子の、はずなのに…」
ずるいよ、龍樹。
じわりと後孔が濡れてきた。
ふわふわと立ち上るフェロモンは、己のもの。再び発情の熱が高まってきている。早く特効薬を打って、先輩が帰ってくる前に出て行かないとまずいことになるだろう。
今夜からトイレで吐き続ける一週間が始まるのだと思うと、憂鬱な気分を抑える気にもならなかった。
「惨めだ」
ぷすりと、注射針が腕を貫いた。
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