第6話

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そして再び、水無瀬との自販機の前でのやり取りも始まった。10円をせがまれることは流石になくなったけれど。 わざわざ購買で欲しくもないお菓子を買って小銭を作って来たのに。 しかし考えてみれば10円玉をせがむのは話しかける口実というネタばらしまでされている。再び水無瀬から10円くれと言われることはもうないだろう。 (アホか、俺…!) そんなある日、水無瀬がにっこり微笑んで言った。 「お兄ちゃん、龍樹に連絡取るようにしてくれたんだね。わかりやすく喜んでるよ、ずーっとスマホ気にしてる。」 そわそわスマホを気にする弟の姿は想像できないが、毎日のメールの返信率を見ればそれは明らかだ。 少しやりすぎたかなと反省してしまうくらいに。 「知ってる…秒速で返信くる…」 「ほんとお兄ちゃん大好きだよねぇ龍樹。」 「水無瀬と仲良くなるまで友達らしい友達もいなかったからね。」 水樹の友達とそこそこに仲良くすることはあっても、龍樹自身の友達というのはいなかった。 だからこそ、クラスの中心にいるような水無瀬みたいな人と仲良くしているのが最初は信じられなかったのだけど。 思えば最初から、惹かれていたのかもしれない。水樹が入学式で魅入ってしまったように。 それだけの魅力が、この美しい人にはある。 (好みは全然違うはずなんだけどなぁ。) 食べ物から色まで。 ここにきて好みのタイプは一緒とか、笑えない。 「メールじゃなくて会ってあげればいいのに。」 「やだよ、馬に蹴られたくない。」 「やっぱりそこ気にしてるんだ?僕も龍樹も邪魔だなんて思わないよ。」 「二人がよくても周りから見たら…」 俺ただの邪魔者だよ。 そう続けるつもりだった言葉は出てこなかった。 廊下の角を曲がって現れた人影に目を奪われたから。 「…佐藤先輩。」 「水樹…?」 発情期のときに強姦されて以来、部活に来なくなってしまい会うことができていなかった佐藤だった。 会ったら謝ろうと思っていたのに水樹はすっかり機を逸してしまい、わざわざ先輩の教室を訪れるのも気が引けて結局なあなあになってしまっていた。 謝罪のというのは、遅れれば遅れるほどやりにくい。 水樹と佐藤がじりじりとお互いの様子を伺っている中、ただ一人冷静だった水無瀬は二人の様子をじっくり観察して。 ぽんと水樹の肩を叩いた。 「じゃ、今度はまたみんなでお昼食べようね。」 「え、ちょ…待って!」 その制止をまるで聞こえなかったかのように、水無瀬は颯爽と去って行ってしまった。 その後ろ姿をじっと見つめる水樹を見ていた佐藤は、視線を下に落とした。 「…水樹、あの時は本当に悪かった。」 絞り出すような苦しい声。 快活に笑う部活での姿しか印象になかったから、それがあまりに意外で似つかわしくなくて、水樹は漸く水無瀬の去った廊下から佐藤に目を向けた。 「いえ…俺も、あんなとこで発情期になって…すいませんでした。」 「コントロールできるものじゃないんだろ?お前は謝ることなんて…」 「先輩、部活来ないんですか?特待でしょ?」 話を遮った水樹に、佐藤は少し怪訝な顔をした。 「俺がいたら…気まずいですか?」 そりゃそうだろうな、と思いながらそんなことを聞く。答えがわかっている質問を投げるなんて、性格が悪い。 なんて思って、再び水樹は心に暗い影を落とした。 龍樹は良い子だ。 愛想がないだけで本当は純粋で優しい。外見ばっかり明るく振舞って虚勢を張っている自分とは大違いだ。 「水樹…」 「気まずいなら、俺部活辞めますよ。俺みたいな薄汚いΩ一人辞めたって誰も…」 「水樹!」 大きな声を出されて、ビクリと身体が強張った。 見れば佐藤の方が苦しそうな顔をしている。 「悪かった…本当に、悪かった…」 佐藤はそう言ってゆっくりと頭を下げた。 「信じてくれなんて、烏滸がましいかもしれないが…本当にあんなこと思っていない。だから、だからそんな風に言うな…」
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