第11話

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部活はサボって真っ直ぐに寮に戻ってくると、いつからそこで待っていたのか、入り口で声をかけてきたのは龍樹だった。 水樹、という短い呼び掛けは、思ったよりも元気そうだ。水樹は心からホッとした。 「龍樹…」 「ごめん。」 水樹が何か言う前に、龍樹はゆっくりと頭を下げた。 何を、謝る必要があるのか。 あまりに意表を突かれ、水樹は目を丸くしてその場に立ち尽くした。何も言えずにいる水樹に対して、龍樹は腹の底から這い出るような苦しげな声でこう続けた。 「…必ず助けるって、約束したのに…俺が、…ほんとに…」 最後の方は、震えていた。 水樹はそれを聞いて、目に涙を浮かべながらゆるゆると頭を振った。 違う、違うよ龍樹。 龍樹は何も悪くない。 謝ることなんて何もない。 ほろりと涙が溢れる。 おかしいな、俺ってこんな泣き虫だったっけ。ここ最近泣いてばっかりだ。泣くのは龍樹の専売特許で、いつもは俺がそれを宥めるのに。 「…水樹?」 「ごめっ…ごめん俺っ、ごめんね龍樹、ごめん…」 龍樹が目を見開いたのが気配でわかった。さぞ驚いただろう。水樹がこんな風に泣き崩れるなんて、今までになかった。 「…ごめんなさ…」 許してくれとは言わない。 許してもらえなくても仕方がない。 その場でしゃがみこんで咽び泣く水樹に、龍樹はそっと視線を同じくして、背をさすってくれていた。 水樹はその場からしばらく動くことができずに、龍樹に背を抱いてもらいながら寮の真ん前で泣き続けた。 龍樹に全てを話してしまいたかった。 ずっと水無瀬が好きだったことも。見知らぬ同級生に、佐藤に乱暴されたことも、水無瀬を忘れるためにその佐藤と付き合っていたことも、水無瀬に脅されたことも。 けれどそのどれもが龍樹を傷つける要素でしかない。なによりこんなに溜め込んで耐えてきたということそのものに龍樹は傷付くに違いない。 墓まで持っていくしかないのだ。 ─── 随分長い間そうしていた。漸く涙が止まったころ、泣きすぎた水樹は酸欠で朦朧としていた。 「…大丈夫か?」 こくん。 ひとつ頷く。 「酷い顔だぞお前、寝れてんのか?」 こくん。 またひとつ頷く。もう声も出なかった。 発情期で、特効薬を使っていたから、寝ていたというよりは気を失っていたに近いかもしれない。 「…帰ろう。」 いつもの憮然とした表情はどこへ行ったのか、龍樹の方が苦しそうな顔で、しかし力強く水樹の腕を引いて立たせてくれた。力の入らない脚がふらついたが、それも難なく支えてくれる。 ああ、龍樹もαなんだなぁ。 昔は自分が手を引いていたのに。 転んで泣きベソかいてる龍樹をおぶって家まで帰ったこともあったっけ。すごく重くて大変で、家に帰って母の顔を見た瞬間に水樹も泣いたのだ。 もうあの頃とは違うんだなぁ、龍樹。
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