流星の記憶

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「冬の奥穂高かぁ」 「有名らしいじゃん。小説になってるって」  らしいなぁ、読んだことないけどな、と笑う穂高に、その長峰が名付けたのは父親かと推理していたことを告げると、まったく予想外の答えが返ってきた。 「惜しいな、好きなんはおかんの方や」 「えっ、お母さん?」 「そう。あのひと、山登りばっかしてて、しょっちゅう出歩いとる」  おかげぜんぜん家に居なくてなー、などとほとんど他人事のように穂高は言う。   たしか中学時代は祖父母の家に居たと言っていたが、それも関係していたのだろうか? またもや今さら判明する事実に、いかに彼を知らないのかを思いしって、みぞおちの辺りが少し痛い。シュンスケはそっと唇を舐めた。 「よっぽど好きなんだな」 「うん、だから弟たちも山の名前がついた」  弟たちも? ていうか、弟が複数居ること自体が初耳だッ! と思ったものの、そこに文句が付けられるはずもなく、努めて声を抑えて尋ねた。 「ふうん… どんなの?」 「剣と旭。北アルプス、日本で唯一氷河がある剱岳と、北海道で一番高い大雪山系の旭岳からって」 「か、かっけーな… 弟、たち、おまえと似てる?」  予想より遥に徹底した命名に、シュンスケも思わずどもる。そしてその名と、穂高の血縁という情報からは鋭く立ち上がるスピードスターしか思い浮かばない。 「んにゃ、ぜんぜん。あ、でもそれなりに足は速いな」 「マジで! 学校どこ、てか、いま何年?!」  反射的に勢い込んで問い糾すが、やっぱり彼は春の小川のように笑うのだ。 「どっちも小学2年生」 「はあ!? 双子? てか、小二?! なにそれ!!」  いくらなんでも青田買い過ぎて、さすがにチームに勧誘する気にはならなかったが。それでも、彼とこうして授業とも部活とも関係のない会話を交わすのが、  なにより、  今、この瞬間が、  一分一秒が、  群青の天幕を過ぎる流星よりまばゆく。
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