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「ねえ、コバは? どっか行ったの?」
「今日は居ないぞ。外泊届けが出てる」
前正一塁手のミズキの問いに、前キャプテンのタカヒロが答えた。
「え、外泊? ユニフォームの採寸とかだっけ」
「それは圭一郎の方」
「あっ、そうか」
その日、野球部はオフで一、二年生はのんびりと過ごし、寮に居残る三年生の方がむしろ忙しく立ち働いていた。進学組も就職組も、年明けには新天地に赴くメンバが多いので方々で片付けが進んでいる。手続き等で地元に一時的に帰るメンバーもいた。
そんな中、そのまま近所の系列大学に進むタカヒロ、ミズキ、前正遊撃手のトオルは比較的手が空いていた。今日も後輩達の自主練に付き合ったり、雑用を手伝ったりしている。ミーティングルームで、タカヒロは出納帳の確認中、トオルはタブレットをいじってバッティングフォームの動画をチェックしていた。そしてミズキはあるミッションを執行中で、さて、と頭に手を遣る。
「来週のサッカー部の応援、誰が行くか決めようと思ったのに」
「えっ、コバと圭一郎も行かせんのかよ?!」
トオルが思わず声を上げる。もうすぐプロ野球選手だぜ、人使い荒いな!と言う遊撃手に、イヤイヤとミズキは首を振った。
「本人達が行きたいって言ってたんだよ。最後だし。ほら、MFの小林とかDFの高城とかと仲良いし」
「ああそうか。まあ国立かかってるしな、俺も行こっかな」
そもそも応援要員は各運動部持ちつ持たれつ、シーズンが違うサッカー部には野球部の応援にもちょくちょく来てもらっている。恩は返さねばならない。特に今年こそ野球部と全国大会アベック出場だ、とイレブンも息巻いていた。ちなみにアベックが何を意味するか、判っている生徒は少ない。
「や、トオルは既にメンバ入りしてる」
「なんで!? 初耳なんだけど!」
「だってトオル、賑やかしにはもって来いだもん。好きでしょ、ああいうの」
「だな。応援くらいしか取り柄ないだろ、おまえ」
「…ひでえ」
タカヒロからも断言され、トオルはがっくりと肩を落とす。一応、これでも国際大会選抜チームのメンバに選ばれるほどの選手なのだが、普段の行い?からこのチームにおける地位は低い。それを放置して、ミズキは「まあコバとヤナギが帰ってきたら聞くよ」と言いながら話を戻した。
「で、コバはどこいったの?」
「ああ、陸上部の佐倉んちらしい」
「シュンスケんとこ? なんで?」
「この前のマラソン大会、佐倉が一位で、コバ、ぜんぜんダメだったろ。だからなんか約束したって」
「ダメッたって、11か12位だろ。最近、走り込みしてなかったのに。意味わかんねえ」
「そもそも佐倉が優勝して当然な気もするけど、まあいいか」
タカヒロの説明は突っ込みどころ満載だったが、それが意味することを考えたトオルはぼそりと呟く。
「てかさ、それ、また一緒に走らされんじゃねえの?」
たしか、先月も陸上部のエースと右のエースは5kmのラップを競っていた気がする。それはありそうなと頷くミズキの一方で、どうかな、と冷静な顔で出納帳のチェックを続けながらタカヒロが言うには。
「単に名残惜しいんじゃないか」
「なごりおしい…」
「もう最後かもだろ」
その言葉に二人ははっとする。
野球部員同士であればこの先、OB会や各種イベントで再会する機会はあるだろう。しかしただのクラスメイトとなれば、せいぜい同窓会ぐらいしか集まる切っ掛けがない。しかも特殊な環境下に置かれる元同級生とは、どう考えても疎遠になるに決まっている。
「そうねえ」
「そういやコバとシュンスケ、仲良かったもんな」
卒業という節目が目の前に迫っていることを思い出し、なんとなくしんみりするファーストとショートだったが、セカンドはまたそれをひっくり返す。
「ま、名残惜しいから走るかも知れないけどな」
「うえッ! でもなんかありそう、あの二人なら。俺、長距離走好きな奴って、全員Mだと思う」
「トオル、それ暴言…」
「それなら、コバはどっちかっていうとSだろ」
「や、あれ投げてるとき限定じゃん。普段はMっぽいし」
「Mっていうか、すごく鈍いだけじゃないっすかね」
「それは同感だけど。ま、コバ、二重人格だしね」
最終的に本物の暴言になったところで、三人は今のやり取りに別の声が混じったことに気付く。
「あれッ、上條?」
「はあ、俺です。佐倉さんちの近く、いいランニングコースがありますよ」
ミーティングルームに現れたのは新キャプテンの上條で、タカヒロに「これが去年のです」と別のノートを渡した。お、サンクス、と受け取るタカヒロ越しに、トオルが彼を巻き込む。
「どこから聞いてたのよ、おまえ」
「名残惜しいのあたりですけど。てか、そもそも外泊届け、俺もチェックしますから」
「それもそうか」
「上條は佐倉のこと知ってるの?」
ああそれは、と上條が語るには、佐倉とは同じ中学出身だという。つまり自宅も相応に近所なのだろう。この校舎から電車とバスを乗り継いで70分は掛かる街だった。
「んー、ギリ通学圏?」
「頑張れば。中等部からココに通うのもアリでしたけど、ちょっと遠いんですよね」
「うちの練習じゃあ、そうだなあ」
寮があるのは高等部からなので、中等部の場合は自宅から通うことになる。野球部の練習量を考えると、毎日となるとやはり難しい。
「ま、ホントに郊外なんでなんもないですけど…」
「リアルに最後のランニング説が有力だな」
「コバ… 気の毒…」
涙にむせぶ三年生たちだったが、「あ、でも、関係ないっすけど」と思い出したように上條が付け足した。
「佐倉さんの姉ちゃんがすっごい美人です」
「まじか!!」
「早く言えよーーー!」
「いや、言ってどうなるんすか…」
「そりゃなんか理由つけてついて行くに決まってんだろー?」
「とりあえずお顔だけでも拝みたいねえ」
「サイテーっすね…」
「いいじゃんか、それくらい。てか、写真とかないの?」
「AKBなら誰似?」
ほらSNSとかさ、アカウントとか知らないです、でもクラスとか部活つながりでなんかないの? ええっ!? とトオルが上條にまとわり付いている。しまいには、佐倉姉と同じ部活にいたはずの生徒探しを主張して、上條を連れて部屋を出て行ってしまった。
がんばれ上條、と心の中で熱いエールを送ったタカヒロはノートを開こうとした、が。
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