1 痛み

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橘秋斗は死んだ。 恋人に贈る為帰りに花屋へ寄る そして事故に遭った。 誰かのせいではない、たまたま彼が運の悪い事にあの場に居合わせたのだ。 助けられた少年からすると幸運だったのかもしれない。 遊んでいたボールを追いかけて道に飛び出し轢かれそうになり通行人に助けられる。 二人とも助かっていたらもっと違った未来があったかもしれない、だが現実は甘くない。通行人だけが死んだのだ。 赤い花束と指輪。笑顔で渡すはずだった恋人へ警察から届けられたのは彼の死から2か月後だった。 ;;;;;;;;;;;; 今日は金曜日。俺は四年付き合った恋人にこの日プロポーズをするつもりだった。 まさかあんな事になるなんて考えてもいなかった。 ーーー 以前から注文していた指輪が届き とうとうこの日が来た。 「橘様ですね。お待たせ致しました〜。 喜んでくれると良いですね。 頑張って下さい!」 駅前の花屋 若い女性店員から 注文した大きな赤い花束を受け取る。 中に入ったカードに “咲へ 結婚しよう” の短いメッセージ 花を受け取ると俺は微笑んで照れながら軽くうなずく。 「ありがとう。頑張るよ。」 笑顔を向けられた店員が顔を赤らめる。 いつもの事で慣れてしまった。 店を出た。いかにもな花束を持ちスーツ姿の自分は街中でもかなり目立つ様だ。 幼少の頃から容姿を褒められる事が多かった事もあり、流石に自分でも自覚している。 学生の頃は良く告白される事も多かった。 女子だけじゃなく男子からもだ。 見た目で得をする事も多いが苦労もそれ以上に多かったと思う。 小さい頃は女の子によく間違えられたし、誘拐されそうになったのは苦い思い出。 心配した親が俺に空手、剣道、柔道と武術を一通り習わせたっけ。 自分の身は守れる様になっていた。 中学に上がる頃には身長も伸びてそんな心配は無くなっていたが。 今まで何人か付き合った中で一番続いているのが咲だ。 大学時代からの付き合いで同窓会で再会し 告白され付き合い始めたが、 今では咲は俺にとって大切な存在だ。 彼女を愛してる。 1時間後、咲に会い花と指輪そしてプロポーズをしたら彼女はどんな顔をしてくれるのだろう楽しみだ。 結婚するなら彼女しか考えられない。四年という歳月で俺はそう強く感じた。 暖かい家庭を築いて子供を育て人並みの幸せを想像して笑みがこぼれる。 咲とのこれからの暮らしだ。 ふと視界の隅で何かが横切った、目線を上げるとサッカーボールだった。 公園の入り口から交通量の多い車道へ勢い良く転がる。 その直後飛び出して来た小さな少年を見て俺は走り出していた。 持っていた物を投げ捨てて、数メートル先の光景へと。 間に合うかわからない。 でも身体は動いていた。 「危ない‼︎ーーーー」 キキィィーー ドンッ 急ブレーキの甲高い音 鈍い衝撃音 離れた場所から子供の鳴き声 車道で仰向けに転がる自分。 身体中の痛みと体の下に広がる温かい液体。 体の寒さを感じ死ぬのだと妙に冷静に感じた。 誰かが近くで騒いでいるが自分にはもう良く分からない。 どうでもいい。 ぼんやりとした意識で視界に広がる青空を眺める。 涙でぼやける。 本当はどうでも良くなんかない。 こんなはずじゃなかった。 「さ、、き、、ごめ、、、、。」 小さなつぶやきが俺の最後だった。
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