港へ

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 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、俺は帆船の中を順路通りに進んでいった。いつもなら、こういうところに来たらこと細かく観察することが多いのだが、今回はただ何となく眺めながら歩くだけだった。  船員室を眺め、流れている音声案内を聞き流しつつ、階段を上って甲板に出る。日が傾きかけ、空の色が薄くなっていた。船首側に進むと、港やその奥に広がる横浜の街中が目に入る。  ふと、港と街の境界あたりから、匂いを感じた。そちらを向いて目を凝らすと、見覚えのある栗色の髪の人物が柵によりかかっていた。彼女はこちらではなく道路側に向き、携帯を操作している。まだいたのか…とは思ったものの、彼女に近づく影を見て納得した。  体格の良い佐藤さんが、小走りで藤乃宮さんに駆け寄る。少し話してそのまま車の方へ向かうのかと思っていたが、立ちどまった状態で、深刻な表情で話し込んでいた。その後だった。 「え…?」  思わず声が出る。藤乃宮さんの隣に立った佐藤さんが、藤乃宮さんの背中に手を回した。軽く押すようにして、2人はそのまま並んで歩いていった。  どういうことだ?明らかに、上司と部下の関係性ではない雰囲気だった。 『私も、オメガは嫌いですよ』  藤乃宮さんの言葉が、脳内で反芻された。
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