廊下にて

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廊下にて

 その次の水曜日。不安を抱きつつ社員食堂に行ったが、藤乃宮さんに遭遇することはなく、胸を撫で下ろす。がしかし。 「谷さん、こんにちは」  社食を出たタイミングで、廊下で声をかけられた。見ると、グループ支社長と並んで歩く彼女がいた。変わらず真顔だ。俺は「お疲れ様です」と支社長にも挨拶した。支社長は穏やかな表情で「お疲れ様」と返事をされる。藤乃宮さんが口を開いた。 「谷さん、先日は失礼いたしました。また後日、お詫びをさせてください」 「え…その」 「では」  支社長がいるのもあって、俺が返事をする間もなく藤乃宮さんは早口で言い放ち、そのまま支社長と共に社食へと入っていった。 「谷くんお疲れ!」  戸惑ってそのまま固まっていると、背後から勢いのある声をかけられる。また振り返ると、佐藤さんが右手を上げて立っていた。 「あ、お、お疲れ様です…」 「今日は何たべた?あ、そうか、谷くんはいつもラーメンだっけ」 「ああ、はい」  佐藤さんは、あのとき俺が見たことなど気づいてはいないだろう。勝手に俺一人が気まずくなる。 「谷くん。この前の展示会の日、藤乃宮さんが失礼なこと言ったみたいで」  心なしか少し俺に寄り、声のボリュームも若干低くして佐藤さんが言う。俺は思い出してムッとするが、佐藤さんに言ってもどうしようもないので苦笑を浮かべる。 「いや、別に大丈夫です」 「僕からこんなこと言うのも変かもしれないけど、申し訳ない」 「どうして、佐藤さんが謝るんですか?」 「上司の失態は部下の責任だから」  それは逆です。まるでパワハラ上司に逆らえない新人のような発言だ。しかし佐藤さんの目は笑っているから、藤乃宮さんを気遣っての言葉だろう。 「実際、僕の責任みたいなものだから」 「え?」 「いや、何でも。谷くん、立場上難しいかもしれないけど、藤乃宮さんには言いたいことは率直に伝えてもらっても構わないから。彼女はそういうことは気にしないタイプだし、色々あったとはいえ世間ずれしているところもあるし」 「いえ、それは」 「もし直接言いづらければ、僕を通じてでも構わないから」  言うと佐藤さんは、俺の前にスッと名刺を差し出した。俺も同じフォーマットのを使っている、会社の名刺だ。 「もし気が向いたらでいいから」  思わず受け取ってしまい、そのまま流れで裏返すと、手書きでメッセージアプリのアドレスが書かれていた。 「あ、はあ」  なんとも言えず濁った返答になってしまう。佐藤さんはあの時の俺たちの話を、藤乃宮さんから聞いているのだろうか? 「ちゃんと、彼女からもきちんと謝罪させるから」 「そんな、別に大したことは…」 「ごめんね。じゃ!」  俺の反応を気にしない様子で、佐藤さんは颯爽と去っていった。  俺は深いため息をつき、改めて名刺の裏を見つめた。
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