第二章 ハイスクール学芸部音楽会

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第二章 ハイスクール学芸部音楽会

 ぼくは、クルマの中で気を失っていたようだった。  ハンレイさんにミニチュア稲荷神社の前で、千厳寺と和尚のことについて、話を聞いたのははっきりと覚えている。  村に行くには、確か岩穴を抜けるとか云っていたが、その岩穴を抜けた記憶が無かった。  タクシーの中で気を失っているうちに、岩山を抜けて千厳寺村に入ったのだろう。正確に言えば、千厳寺・ツツジ村というのだそうだ。  千厳寺・ツツジ村の建造物は、すべて深い林の中にあり、木造の平屋建て。決して大きくはないが、人間を育てるための機材は殆ど揃っているようだ。その典型が図書館で、貯蔵図書はあまり多くないが、世界各国の著名図書館とインターネットで繋がれ、かなり高度の研究でも、資料の入手が出来るという。  教育システムは、この島国の他の地域と変わりはないが、入学している学生数は教えてもらえなかった。  ぼくは、このツツジ村で唯一と云う、コーヒーショップでハンレイさんと向き合っていた。  自動販売機から紙コップに冷やされたティを入れて来てハンレイさんはぼくたちの間に置いた。 「この近辺の山で採れる山菜をしぼったもの。未成年が飲んでもいいお茶」  やはり、ぼくは一人前ではないのだ。   そんなことをふと頭に浮かべながら、数人の客しかいない閑散とした店の中を見回した。一組の若いかっこいいカップルと、数人の女性のグループ。図書館の中で出会ったようなタイプの人たちだ。  ハンレイさんは、先ほど、図書館で話題になったこの村の教育問題について話を続けた。 「学生の数、決して、秘密だというのではないようですけど、人口の問題はこの村では非常に大事な問題なのです。一応、和尚様に聞いてください。小さな山村で、ゴロウさんも知っての通り、シマタイコクの統治機構には入っていないということになっています。千厳寺の名前の付く村は、ツツジ村の他にもう一つあります。時間があれば、後でご案内しますけど、千厳寺・アザレ村と云います。アザレは、ツツジのラテン語読みです。ツツジはシマタイコク古来の植物だそうで、ユーロッパに十九世紀に伝わり、品種改良されて、アザレと呼ばれているそうです。同種の花を地球の反対側の名前で呼びあって、それを村の名前にするなど、この千厳寺村の成り立ちを非常によく表していると思います。ゴロウさんも間もなく、それを実感するでしょう。ですから、千厳寺村には、四月から六月にかけてつつじが咲きます。アザレは、十一月から二月にかけても咲きますので、千厳寺村は一年の半分は、同種の花が咲き誇るということになります。千厳寺村というときは、この二つの村を含めていいますが、ここでは、単にツツジ村とアザレ村で通っています。千厳寺村がシマタイコクの地図に載っていないのですから、当然、この二つの村も載っていません。シマタイコクにとっては存在してもらいたくない村ですから、外部の人には、あまり、詳しいことはお話ししないことになっています。ゴロウさんには、なぜか、和尚様が非常に好意を持たれて、この村のことを知ってもらいたいご様子です。外から人が来るなどと云うことはまずありません。ゴロウさんが三十年ぶりだそうですから、和尚様にとっては大事な同志の一人ということかもしれません。大事な研究課題でどうしても外部の方とお話ししなければならない場合は、こちらから出向いていきます。シマタイコクだけではありません。外国にも出て行きます。・・・パスポート、シマタイコクのものを使っています。パスポート申請は、村の役場がやってくれます。存在しない村に住んでいる者のパスポートですから、個人では申請できません。そのうち、わたしのものをお見せする機会がくれば、と思います」 「ハンレイさんも、パスポートを持っているのですか。どっか、外国に行ったのですか」 「イギリスに一年留学しました」 「留学?」 予想もしない言葉が飛び出してきた。 ぼくより一つ上の十七才。いったい何時留学したんだ! ぼくの疑いを込めたあきれ顔を、なだめるような優しい口調で、 「留学と云っても、あるイギリスの教育機関のスピーチコンテストで優勝して、そのご褒美に語学留学しただけです。一年前に帰国しました」 「ハンレイさんは、英語がペラペラ?」 「ペラペラかどうか分かりませんが、英語の授業は受けられますし、留学中、エッセイを書いて最優秀賞を頂いたことがあります」  エッセイを書いて最優秀賞!  ぼうぜん自失。ぼくは言葉が出なかった。 ただ、ぼやっとハンレイさんを見つめるだけである。 何を書いたか知らないが、年からいっても、中学生の年齢の時だろう、自分を思い出しても、書けといわれたら自国語で英語教師の悪口程度しか書けないよ。エリーと呼んでいたけど、アメリカから来たあの若い女教師、ぼくのクラスの英語の平均点が学年最低だったのは、エリーのスカートの長さにあったことはクラス全員の一致した意見だった。今日は膝上何センチをはいてくるだろうとか、足を組んだらパンチラだったとか、そんなことで盛り上がっていたのだ。ぼくがハンレイさんの浴衣の長さが無性に気になるのは、この時の習癖が後を引いているのは間違いない。優性遺伝という言葉を聞いたことがあるが、この女性の語学的才能は、容姿の美的要素を含めて、遺伝的なものがあるような気がしてくる。それにしても、なぜ、この村の看板娘らしき女性をぼくの世話係りにしたのだろう? あの坊主、何を思っているのだろう。  そこまで頭に浮かんだとたんに、ハンレイさんの、言葉が返って来た。 「わたしは、まだ、勉強不足です。この村ではいろいろな才能が育っています。私が特別なのではありません。今夜、村のハイスクールの学芸部の音楽会が行われますからご案内します」  ぼくは、少しばかり、怖れを覚え始めていた。この村で今までぼくが出あった人たちは、みな、いわゆる知的な雰囲気を持っている人たちばかりである。たまたまそういうことになったのか、ハンレイさんが特になにか目的をもってぼくを案内してくれているのか。この村にはそのような層の人たちが多いのか。 「この村では、少ない人口の中でやりくりして、村を維持していかなければなりません。わたしはまだ年がいかないからよく分かりませんが、和尚様がこの村に来られてから、村の方針が大きく変わり始めたようです。・・・私がこの世に出る前の話しです」  自分の出生について、また、回りくどい云い方をしたが、この村の慣例なのだろうか。 「その前は、どんな村だったのですか」 「わたしにお聞きになりますか? ゴロウさん、それを知りたくて、調べるためにきたのでしょう。わたしは勉強不足で、それに、外国に行っていたりして、自分の足元のことをよく知りません。この村は、存在しないことになっています。存在することを実証しようとしただけで命を失うと云われていますから、くれぐれもご用心されたほうが良いと思います」  病院の医者、看護婦、僅かだか来ている患者。いま立ち寄った図書館の職員、ここは殆ど女性だったが、今まで出会った、すべて、といっていいのだろうか、みな、背が高くて、顔の彫りが深い顔立ち。男は百八十センチを超えるような者ばかりで、ぼくのような、百六十センチちょっとの男やのっぺり顔はあまり見当たらない。居ないわけではないのだが少ない。それもどうも、年寄に多いようだ。また、ハンレイさんみたいな、とびきり美女がやたらにいるわけでもないが、出会った若い人たちのほとんどが、大都会に連れて行けば、けっこう目立つ存在になる人たちである。病院や図書館というようなちょっとばかり堅い雰囲気が必要な場所は、選ばれた人たちが勤務するのだろうかと、考えてみた。 「どうしても、聞きたい事あるんだけど」  さっきから頭の中にもやっていた問題だ。これが解決しなければ前に進めない。  なに? と顔を傾けるようにして笑みを浮かべるのは、ハンレイさんのお得意のポーズらしい。それが分かる程度に気持ちが落ち着いてきた。 「運転手さんはみなさん、女の方と云ってましたけど、先ほどの方は亡くなった方ですよね。亡くなった方が車を運転するっていうのは、ぼくたちの常識では幽霊か、化け物の世界です。ひょっとして、ぼく、よく云われる〈あちらの世界〉に迷い込んだんでしょうか」 「いい質問だわ、ゴロウさん。じゃあ、私が聞くわ。ゴロウさん、あなた、いま、自分ではどのように感じているの、あちらの世界にいる感じ?それとも、こちらの世界にいる感じ?」 「ぼく、死んだ覚えありませんから、こちらの世界にいる感じです」 「あなたの感じていることは正しいわ。間違いなくこちらの世界よ。でも、さっきから云っているように、千厳寺村は、地図上には存在しない場所だってこと忘れないでね。これを胸にしまっておけば、この村で誰と話をしようと、どんな目に会おうと、あんた自身の判断で行動して一向に構わないし、それを妨げるものはありません。・・・ここのところ、千厳和尚さまの受け売りです。そして、ゴロウさんの質問に答えられるのはごく一般的なことだけです。あとは、和尚様に聞いて下さい。・・・まず、次のことを理解してください」  ハンレイさんの云うところは、恐らく、この村の超優等生に違いない十七才の女性が、外から迷い込んだ十六才のガキに語る平均的な説明なのだろう。 「・・・まず、理解しなければならないこと。この村は徹底的に人手不足です。外部からの人手は全く期待できませんから、この村の中で解決しなければなりません。いま、若い人たちが、村の方針にもよりますが、どんどん、外に出て行っています。恐らく、多くの人たちは、人手が足りない時に、なぜそのような方針を出すのかと疑問に思うでしょう。この村でも当初、大変な議論になったそうです。でも、今は、和尚さんの出したこの方針に異議を云う人は殆どいません。和尚さんの方針は、村が生き残って行くには、後に残された者だけによって解決しなければならないという問題を突きつけたからです。・・・ここが大事なんです、村の問題は〈残っている者たちで解決しなければならない〉。どうすればいいのか、いろんな提案が出されました。人手を要しない自動化など当然のことですが、例えば、人の寿命を延ばすとか、・・・そして、突然、出てきたのが、〈亡くなった人たちを活用できれば〉という案です。確かに、突飛な考え方です。しかし、万一、実現すれば人手の不足はある程度補えます。この村も、一般には火葬ですから、灰になってしまったものは、かたちに戻すことはできません。そこで、亡くなった人を活用できるかどうか、これを研究するためのプロジェクトが立ち上がりました。聞いたところでは二十数年前、和尚様が立ち上げた最初のプロジェクトだそうです。古代エジプト人の心情に寄り添えば、ミイラは彼らの死生観により、神や王は再生できる、復活できると考えられていました。それが、ミイラの誕生になったようです。この村ではエジプトの死生観をそのまま取り入れたものではないようですが、一応、私の知っている範囲で説明しますから、聞いて下さい。この範囲ならば、昨日まで部外者だったゴロウさんに説明しても、村の規則に触れないと思います。さもなければ、和尚様が私にゴロウさんを村に案内しろとは仰いません。 まず、第一に、この村ではミイラは博物館に展示して見世物にするものではありません。ミイラはこの村の守り神として、おかしな取り合わせと思われるかもしれませんが、お稲荷様と同じように信仰の対象です。人々に敬意を払われ、死してもこの国ではある種の特権を与えられています。古代エジプトの死生観と、最新の科学技術、もっと絞って云えば人工知能とが混ざり合った技術、この開発が、この村では非常に進んでいるそうです」  ぼくは、〈かがく〉の付くものには徹底的に弱い。〈科学〉しかり、〈化学〉しかり。ハンレイさんの話はどうもこの分野に踏み込んでいく様子である。具合の悪いことに、ぼくの勘かもしれないが、ハンレイさんの顔色が、生き生きとしてきたことである。ぼくの質問から始まったことなので、止めて下さいというわけに行かず、ハンレイさんが一息つくのを待って、話をうまくそらしてしまおうと思い始めていた。  案の定、ハンレイさんに読まれていた。 「もう少しです。ゴロウさんが、この村で生きて行くには、わたし程度の知識を持っていないと、物事の判断が出来なくなります。いいですか、クルマの運転は、ゴロウさんの住むトウケイもそうでしょうけれど、この村でも、ロボットが運転するのはもう常識です。無人運転の実験も行われています。今日の女性の運転手さんも、もし、ロボットが運転していたとすれば、ゴロウさんもさほど驚かないでしょう。それと、ゴロウさんが運転手さんを認識できなかったこととは、別の問題です。認識できなかったのは、モノを透明化する技術の研究も進んでいますが、これ、レインボープロジェクトというのですけど、その実験に偶然に行き当ったからです。私が朝食に作った食卓に、たまたま運転手さんが着ていた衣服の認識を妨げる薬草が入っていたからです。これは私の調理ミスでした。いまお話ししている人工知能は別の問題です。この村では、単なるロボットが運転する段階はとうの昔に終わっていて、ミイラとの融合が図られています。亡くなった方が、生前、関係していた仕事を死後も続けられるのです。その手続きを簡単に説明しますから、そこから、この問題を解きほぐしていってください」  ハンレイさんは、これが自分の分野でもあるかのように、滑らかに説明してくれる。 「また、同じ前提を云わねばなりませんが、私が答えられるのは、一般的なことだけです。 この国では、死んでからミイラになりたい人は村のミイラ登録係に申請を出して、許可を受け、積立金を払っていかなければなりません。ミイラを作るには、時間とお金がかかります。だから誰でもというわけにはいかないのです。かといって、お金を持っている人というわけではありません。今朝の女性の運転手さん、まったく普通の家庭の主婦でした。ご主人に先立たれ、残された三人のお子さんを育てなければなりません。ところが、不治の病、ガンなどに加えて、この地区特有の風土病があります。山菜の取り合わせを間違って食べ続けると、その病気にかかることが分かっています。がんの原因の主なものは食生活と喫煙で六十五パーセントを占めるそうです。山菜はここでは大事な主食の一つですから、食生活といえば山菜のことも含みます。ガンと同じような兆候が出て、悪性の場合には、せいぜい残り三、四年の命です。この診断が下されると、ミイラ登録係から許可が出て、積立金を支払う権利を得ることが出来ます。毎月のお給料から一定額が差し引かれて積み立てられます。母子家庭では村からの生活補助はありますが、決して十分ではありません。母親は自分が亡くなったあとの子供たちの生活を考えると、おちおち死んでもいられないというのが実際のところです。そこで亡くなっても仕事が出来る方策が、考えだされました。」  「働けるのはミイラとして登録されている人だけですか?」 「亡くなってから働けるのはその通りです。ミイラ登録のときに、出来る仕事の登録もしなければなりません。家事手伝いなどと云うのは駄目で、基本的には免許などを出している仕事ということになります。それと経験も考慮にいれられるそうです。運転手さんについては、十年ばかり前に始まったばかりで、現在九人の方が登録されています。稼いだお金は残した子供さんたちの生活費にまわります」 「もし、その通りだとすれば、確かに未練が残らず、安心して成仏できます。死者を活用するなど、誰が考えたんですか?」 「和尚様です。この村は徹底的に人手不足です。外部からの人手は全く期待できませんから、究極の人材活用といえるかもしれません。・・・あの方たち、登録したお仕事が終わったら、ミイラの中に戻りますので、お子様たちに会うことは出来ません。お子さんたちも、成人になるまでは、亡くなったお母さんが運転手の仕事をして自分たちの養育費の一部を稼いでいることは勿論しりません。しかし、大人になって、この国の仕組みを知れば、孤児になった自分たちがどのようにして成育し、教育を受けたかを知ることになります。自分たちも同じことをしようと思うようになるでしょう。それから、タクシーを利用出来るのは殆どがお年寄りか、妊娠している方、或はこの村に始めて来られたゴロウさんのような方だけです。私の手違いで、肝心の運転手さんの運転しているところを見て頂けなくて、申しわけありませんでした」  ハンレイさんが明かしたところによると、この村には、自動車工場などあるわけがなく、すべて、シマタイコクのメーカーに、村で基本設計したアイディアを提示し、造ってもらっているという。シマタイコクでは、マーケットに出す前の実験段階のクルマを、千厳寺村に提供し、テストしてもらうこともあるという。これも村の収入源の一つだという。和尚さんがこのようなアイディアを出し、実行に移しているとのことだった。  この村が、シマタイコクの歴史から抹殺されているとしても、実利が伴なうようなところでは、陰で、お互いに利用しあっているようである。建前と実態の違いは、経済的な問題の前には、影が薄くなるということなのだろうか。  ぼくはこのコーヒーショップで久しぶりにコメの食事にありつくことが出来た。家を出てから一週間以上コメを食べていない。しかし、出てきた食事は一汁一菜に近いもので、肉食はメニューに載っていない。ぼくも、肉類を口に入れるのはそれほど好きでないので、この点については、ハンレイさんとの間でまったく話題にならなかった。  半日、村の中を見てまわっただけだが、村人たちは、体格がいいばかりでなく、明るく活発である。これからの発展が期待できそうな雰囲気に満ち溢れている。村の中が清潔で、建造物がみな新しいのに、それに引き換え、ぼくの世話になっている本堂のおんぼろなこと。決して不潔ではないのだが、もう少し手を入れてもいいのではないか。和尚さんの住み家なのに? 「村の建物はそれなりに機能的なのに、あの本堂はすごいですね」  自分が寝泊まりする場所なので、つい、口に出してしまった。 「和尚さんが手を入れることを許さないのです。村と村人のことに先ずお金を使うということになっています」  そういうことなのか。しかし、千厳寺はこの村の看板寺じゃないの?  やはり、それなりの風格をもたせないと・・・ 「本堂は人に見せるためにあるのではありません。千厳寺村の住人は、ほとんど、生まれた時から、あの本堂になじみ、風雨に耐えていくさまを見て育っています。千厳寺のそのような “耐える” 有様を村人たちに示すのも、和尚様のお考えなのかもしれません。村の人たちは、千厳寺にお参りに行くたびに、この村の歴史を思い出します。柱に残された鉄砲玉のあとは、シマタイコクの軍隊に理不尽な戦いを挑まれて散っていった祖先の血の跡であることを村の人たちは忘れません。本堂のみすぼらしさに私たちには少しも違和感はありません。シマタイコクの寺社のように、無駄な華麗さと、威厳によってお賽銭を集める必要もないのです」  シマタイコクの教育では、千厳寺のセの字も教えないが、ここでは千巖寺での戦いは、小学生の頃から頭に刻み込まれる歴史上の大事件だったに違いない。ぼくの見つけた大学ノートにも、百人を超える村人が惨殺されたことが記されている。  しかし、ノートには「なぜ」その事件が起こったのか、「なぜ」の部分が記されていない。恐らく、切り取られているページの方に記されているのだろう。それに間違いない。無意識のうちに、その見えざる圧力がぼくをこの度の山登りつき動かしたのだ。村人たちは、勿論、それを知っていると思うが、シマタイコク生まれのぼくの頭の構造は、時の施政者のご都合に合わせるように出来上がってしまっている。国が存在しないといっているものに反対の考えをすることなど、十七歳のぼくが出来るわけがない。施政者の考えを忖度してあったことを無かったことにする、無かったことをあることにすることは、シマタイコクの官僚のイロハのイである。シマタイコクでは、年を重ねた人たち程、この考え方が頭のすみずみにまで住み着いている。他国から独裁的民主主義国家という何とも訳の分からない呼び方で呼ばれているのに、国民はあまり気にしていないのが、シマタイコクの問題点なのだろう。シマタイコクに僅かに存在する、時の施政者に異を唱える人たちは、監視の目にがんじがらめにあっているというが、ぼくのうちには、そんな不心得者いないと思っていたから、今日の今日まで気にすることなく生きてこられたのである。だから、この問題を掘り下げるような質問をすることなど思いつきもしなかった。  出てきたのは、本堂の “すごさ”と並んで、関心のある、アノ問題だった。 「お寺に金をかけず、村人第一は分かりましたけど、和尚さんが身の回りを構わないのは、やはり、村人第一ですか」  そばによると、時々、おかしな匂いさえ感じますけど・・・、口に出かかったが、これだけは口にするのを控えた。 「ゴロウさん、匂いを感じます? あたしたちはもう、慣れてしまったので、あれが和尚さんの匂いだと思っています。ただ、あのずだ袋には、困ることがあります」 「いつも肩にかけている袋ですか? よく、お坊さんたちが持っている袋ですね。あれ、困るのですか?」  ハンレイさんは、ははっと小さく声をあげて笑った。笑い顔がまた美しい!  ぼくが、見とれていると、 「ずだ袋は、死出の旅に持って行く袋だそうです。和尚様はその覚悟でお持ちになっているのでしょうが、和尚様の場合、お入れになるものが、ちょっと変わっているだけです。私はもう慣れました。・・・お年ですから仕方ありませんね。私は知りませんでしたけど、病院の看護婦さんに聞いて、男性も女性も年をとれば、小水が近くなることを知りました」 「小水?」 「小水・・、あら、知らないんですか」 「・・・あのう、あのう、おしっこのことですか」 「そうです、頻尿というそうですけど、和尚様は、この三四年、特に激しくなりました。あのずだ袋はお小水を入れる袋になっています。お話ししている間に袋を持って、席を外すことがありますけど、その為です」  和尚さんのおしっこの話しが出るとは思わなかったけど、ぼくの祖父のことを思うと、なるほどと合点がいった。二年前に亡くなったけど、頻尿に悩まされたようだった。和尚さんも偉そうに見えるけど、やはり、人間なのだ。  ハンレイさんといるといろんなことを聞ける。やはり話の中心になったのはその夜行われる、ハイスクール学芸部の音楽会についてだった。この村には小学校に加えて、小学校と一体になったジュニアハイとハイスクールがあるとハンレイさんは説明してくれる。そして、来年には、外国の大学の授業が受けられるプログラムが始まるという。ハンレイさんは、出来れば第一期生としてそのプログラムを受けるつもりだと、向学心を覗かせる。今晩の音楽会はハイスクールの部活とはいえ、かなり真剣に取り組んでいるのよ、とハンレイさんは目を輝かせる。自分と同年代の学生たちの将来性に期待しているようだった。 ぼくは、どうも、歌とかダンスには弱い。上手、下手はよく分からないから、自分がどのくらい感動したか、心を騒がせたかといったような気持ちの部分で判断する。ハンレイさんも、 「わたしも同じ。自分の持ち合わせてない才能を持っているってこと、それだけで拍手してしまうわ。今夜、学芸部主催の音楽会に出るキムラユズル、サヤカっていう双子の兄妹、この村では期待の星なの。秋にはイギリスのブラックモンキーズの前座として、お隣の半島から、大陸をまわって歌と踊りを披露するらしいわ。今夜六時から、わたしが案内するから一緒に行きましょう」  イギリスのブラックモンキーズといえば、芸能関係にはまったく無知のぼくでさえ、その名前くらいは知っている。あのビートルズの再来と云われている、男四人組の歌手のグループである。違うのはユーロッパとアフリーク、アジヤ系との混血の歌手によって構成されていることである。反戦歌を唄う事でも世界的に有名である。このシマタイコクでの公演は一度もないが、それがためにシマタイコクではよけいに有名になっている。シマタイコクの政府は彼らが歌う反戦歌が気に入らないらしいのである。お隣の大陸や、半島では公演ができるのに、シマタイコクではメンバーの中に大麻保持者がいるとか、あらゆる理由をつけて入国を許可していない。自国の歌手でさえ、音楽会の前に何を唄うのか、政府に届け出なくてはならず、時には歌詞を直されると云われている。  突然、ハンレイさんが歌いだした。 『大河の底から空を見る。  空が赤い。  赤い空が、ほら、続く、まだ続く、赤く染まった空が。  友よ、空の色を戻してくれ。  大河の底から見上げる空の色を染め直してくれ。  青く、青く、染め直してくれ。  赤い色を青く染め直してくれ。  せめて、青い空の下に、  友の永遠の寝所をつくってやってくれ ・・・・・・」 ハンレイさんの目にはうっすらと涙が浮いている。 ぼくにはよく分からない。これが反戦歌? ハンレイさんが涙を流すほどの唄? 「ゴロウさん、知らないの? この歌は、ブラックモンキーズの歌の一例。 大河とはお隣の大陸の大きな河のこと。シマタイコクはその大陸と十年間も戦争していたこと知っているわね。戦争中、この河に大陸の捕虜になった兵隊とか住民が、何万人とかいわれているけど、殺されて放り込まれたとかで、それを唄っているらしいの。これと似たような歌を幾つも歌うもんだから、シマタイコクの政府はブラックモンキーズのコンサートは好ましくないらしいのよ」  ぼくは、ハンレイさんの解釈つきでないと理解できないほど、シマタイコクの近代史には無知なのだ。そのぼくが、山奥の千厳寺の故事来歴、曰く因縁に興味をもって、こんなところまで来てしまったのだから、平凡な人間の衝動は何で揺り動かされるのかまったく意味不明、自分で自分がわからない。ぼくの場合は、大学ノートから切り取られていたページ二枚による衝動だ。川底に沈んだ何万とかの死人については、ほとんど無知である。ぼくはシマタイコクの施政者の思い通りの人間に染め上げられている。 「自分たちの被った被害には、敏感な反応を示すけど、他国の人たちに与えた加害については、口をつぐむどころか、無かったことにしょうとする、人間としての底の浅さ、低劣さには、自国民ながら我慢ならないと和尚さんは云っていますけど、本当にそうなの?」  ハンレイさんは聞いて来たけど、ぼくには答えようがない。  がっこうで教わってきていることで応えるしかない。  それが、シマタイコクの流儀なのだから。 「ものの見方には裏と表があります。一方の話しだけにのるのは、どうなんでしょう。セイフのエライ人たちは常に安全運転を心がけて、国民のことを考えてやっていると云っています。そう、間違ったことはやっていないし、教えていないのと違いますか」  ものごとを深く考えず、危ない橋は渡らず、多数意見に付和雷同する傾向のあることは、自覚している。セイフが右というものを左というほど、ぼくは知識もないし、おかしいと思っても口にする勇気なんかないよ。いつもの癖で、差しさわりのない言葉が口から飛び出したが、なにか、ハンレイさんのぼくを見る目が、冷たく感じられる。シマタイコクにだって、ぼくみたいないい加減な人間ばかりでないことは確かだ。  ブラックモンキーズの唄の一節を小声で口ずさむハンレイさんの余韻がなぜか耳の底に残り、薄く流した涙に胸をゆすぶられて、その夜、彼女と一緒に聞いた、ユズル・サヤカの兄妹の唄の数々は、一生、印象に残りそうだ。  生涯、印象に残りそうだというのは、大げさでも何でもない。ただ、兄妹の唄にことよせて、この夜の記憶を語るのは、正直、後ろめたい気はする、とはっきり白状しておいたほうが良い。  はっきりいって別のもっともっと大きな理由があったということ。  兄妹の歌に感動を覚え胸をゆすぶられたのは勿論事実だけれど、この感動も、考えてみれば、その別の理由によるものであることは隠しようがない。心に閉まっておくべきだと思うのだが、やはり、告白しておいたほうがいいだろう。  その夜、ハイスクールのホールは満員の盛況だった。千人入るそうだが、若い人たち、中学生くらいから、大学生の年齢程度の人たち、それに、ぼくが昼間会った図書館や病院に勤務している人たちもいたから、そのレベルの人たちを含めて、ホールは満員だった。 ぼくはハンレイさんの後ろについて、云われるままに、真ん中あたりの席に並んで腰を下ろした。  型通りのハイスクール代表の、出てきただけでぼくがやきもちを覚えるほどのかっこいい男子生徒の挨拶から音楽会は始まった。ハンレイさんがその男子生徒に一生懸命手を叩くので、仕方なくぼくも付き合った。  ハイスクールの男女の学生たちの何組ものグループが、学生バンドの演奏で歌った。意外だったのは、シマタイコクで昭栄の初期に流行った唄から、フォークソング、ニューミュージックと云われる歌まで、中には、女子学生たちのダンスつきで会は盛り上がって行った。出演する学生たちを見ると、確かに、混血と思われる学生たちの比率が多いのはたしかだが、ぼくのような〈背丈はちょっとばかり足りないが〉、シマタイコクの平均的な背格好、ご面相の学生たちと同じような学生たちも結構な数いることも分かった。  十五分ばかりの休憩が入って、今日のメインである、キムラユズル・サヤカ兄妹の部に移った。二人は高校三年生だが、扱いは、別格だった。既に、アジヤの国々で度々コンサートを行い海外で名前を売っている。しかし、シマタイコクでは一度もコンサートは行われていない。ぼくにも、やっと様子が分かってきたが、そもそも、千厳寺村出身ということは、シマタイコクではあり得ないことなのだ。この国の地図にない、行政区分に無い村である。加えて、歌の内容が半分くらいが反戦歌、平和の唄である。  千厳寺村ではなぜこの種の唄が好まれるのか、ハンレイさんにみるように、これらの唄が歌われると、女性の多くは、涙する情景を見ることが多い。やはり、ぼくの見たノートに書いてあった事件で村人たちが多く亡くなったということが原因であることはよく分かる。この村でだけ聞ける真珠の歌声だと、司会者は云っていたけどまさにその通りかもしれない。  冒頭、キムラユズル・サヤカ兄妹は、彼等自身の作詞作曲になる新曲だという歌を唄った。  学生バンドの前奏が始まった時だった、ぼくはふと、ぼくの左手がハンレイさんの右手に握られているのを感じたのである。まったく何気なく、気付いたら握られていたというのが近いだろう。そして、三曲目くらいの時には、ぼくの左手は、ハンレイさんの両手の中にあった。そっと静かに、ある時にはきつく、曲の内容に合わせるように、ぼくの左手はハンレイさんの両手の中で彼女と一緒に歌を楽しみ、時には涙を流していた。ハンレイさんの手の感触が決して燃え上がらず、常に冷静で冷ややかであったのは、彼女は、ぼくに好意を抱いて手を握ったのではなく、兄妹の唄を聞くには、何かにすがっていないと、心の均整が保てない、それぼど、彼女の胸に響くものであるということではないのだろうか。  ぼくが冷静に、ここまでの思いにいたるには、兄妹の歌唱が終わりに近づいた頃だった。手を握られた始めのうちは、まったく心ここにあらずで、正直、音楽会どころではなかった。昼間、彼女と話した〈手籠め〉問答も、半ば本気だったのではないかと、そんなことまで思い出して、彼女の気持ちを汲めなかったぼくを許して下さい、とのぼせあがった瞬間さえあったのである。  兄妹が最後の「まぼろしの千厳寺」という歌を唄ったときには、舞台から声が掛かったせいもあるが、多くの聴衆が兄妹と共に歌を唄い出した。ハンレイさんもそれに和するように声を挙げたが、歌はあまり得意ではないようで、傍で聞く素人のぼくの耳にも、音階が少しおかしいのが聞き取れる。しかし、ぼくにとっては、彼女の歌の上手下手などどうでもよいのである。ハンレイさんは歌っている間、今までになく握っている両手に力が入り、ぼくの左手は嬉しさに小さく悲鳴さえ挙げる。その悦びはぼくの心の中を駆け巡り、歌が終わった時には、ハンレイさんと共に手を叩いて兄妹の熱演と、会場の盛り上がりに拍手喝さいを送った。  その拍手は、兄妹のアンコールを求めるものでもあり、兄妹は拍手を収めると、アンコールに応え、短い歌を一曲歌って、音楽会はお開きになった。最後のアンコールの時には、ぼくの手はハンレイさんに取られることはなかったが、兄妹が歌っている間、ほぼ四十分間、ハンレイさんに握られていたという事実は、消しようもない出来事であった。ハンレイさんは兄妹の歌には熱狂したが、ぼくに対しては、恐らく、無意識のうちにも非常に冷静な態度で接していたということは、四十分間握られていたのに、汗一つかかないという事実でも分かると思う。  この事実に気付いた時、ぼくは彼女に尊敬の念さへもったのである。ぼくに好意を持ちながらも、自分の立場を考えてその気持ちを制御できる人。・・・まあ、うぬぼれもここまで来ると救いようがないというヤツもいるかもしれないけど、それは、ハンレイさんの美しさ、その一挙手一投足が思春期の少年に与える衝動を感受できない性的不能ともいえる連中のやっかみにすぎない。  その帰り、ハンレイさんは昼間乘ったタクシーを呼んだが、やはり運転手さんつきだった。ハンレイさんが運転手つきの車を呼ぶ理由をぼくは理解することができた。すべてミイラであっても、その背景はいろいろあることをぼくに理解させようとしているに違いない。それによって、この村の事を少しでも知ってもらおうとしているのだろう。和尚さんの指図かもしれないけど、ハンレイさん自体、ぼくに村のことを知ってもらいたいという熱意をもっていることが熱いほど伝わってくる。  運転手さんは、代わっていた。勤務時間は六時間と決められているとのことだった。両目が不自由で、ひと目で障害のあることがわかる若い女性だった。ハンレイさんから、運転手さんはミイラが姿を変えていると聞いているので、この若さで、どうしてミイラになったのか興味があったが、せまい車内で、聞くことはならなかった。ぼくたちは一緒に千厳寺に帰った。車を降りてから、あの運転手さんは生まれつき目が悪く、その上、風土病に犯されて、天命三年程度と診断されたときに、後に残す両親を心配してミイラ申請をしたとのこと。この村も、当然ながら、ユズル・サヤカ兄妹のような優れた容姿と才能ばかりではないことを実感し、音楽会の余韻がさめて行った。  ハンレイさんは、千厳寺の別棟に寝泊まりしていることを知ったが、彼女の自宅はどこにあるのだろうかと、急にハンレイさんの私生活のことが気になり出した。  別れ際にハンレイさんは腰をかがめて、ぼくの頬に、チュウをしてくれた。 ・・・冷たい感触が頬に残った。 「ご苦労さま、よく寝るのよ」  姉が弟に云うような言葉をささやく。  それだけ?   兄妹の歌唱中、ぼくの手を握り続けていたことなど、おくびにも出さない。まさか忘れているとは思えないが、照れくさいのだろうか・・・。  ぼくは、彼女の行為を思い出させるべく、 「ハンレイさん、ぼく、今日の音楽会一生忘れません。・・・ぼ、ぼくの、ぼくの・・手のひらが覚えています」と、背筋が寒くなるようなことを、真に迫った思いで口にしたのだが、 「よかった! ゴロウさん。ユズル・サヤカの素晴らしさ分かったのね。あら、手のひら、どうかしたの? 今日一日歩き回ったから、よく手を洗っておいたほうがいいわ。じゃ、お休みなさい!」  やっぱりテレ隠しに違いない。覚えていないはずないよ。  頬に残してくれたハンレイさんのくちびるの感触が、いや、それ以上に、握られていた手のひらが記憶しているハンレイさんの手触りが当分消えることはないだろう。四十分に近い時間握っていてくれたにも拘わらず、汗一つかかない、冷静な心の持ちように、ぼくの気持ちは、急速に彼女に傾いていくのを留めようがなかった。  本堂の片隅は、寝袋ひとつのぼくには十分の広さである。  夜の十時。和尚さんに挨拶して、ぼくの口から今日の報告をしなければと思っていたところに、渡り廊下がきしむ音がした。その音の大きさから、和尚さんであることが分かる。緊張し、身構えて待ち受けた。  和尚さんは膳をひとつ持って現れた。  夜もおそいからだろうか、さすがに、黒猫のジルは懐にはなかった。 「腹がへったろう。一緒にめしを食おうと思ってな」  小どんぶりに山菜をたっぷり煮込んだ雑炊が二つ載っている。そして、土瓶に湯飲み茶わんが二つ。  和尚さんの心遣いに、ほっと温かいものを感じる。  しかし、ずだ袋の正体を知ってしまったので、相変わらず、袋を食膳の脇に置く神経には、図太いというのか、無神経というのか、ちょっぴり辟易する。そんなぼくの気持ちも知らぬげに和尚さんは、ご機嫌だった。 「この村のこと分かったか」 「はい、勉強させて頂きました」 「知れば知るほど、愛情が湧き、この村から離れられなくなる。・・・わしも、お前と同じように、ふと迷い込んだ寺で一宿一飯の情けをかけられたのが縁で、既に、三十年もこの寺に世話になっている」  ひと晩経って気持ちを許したのだろうか、昨日は、寺を立てなおすためにどこかから遣わされてこの寺にやって来た生き神さまだと自己紹介していたが、ハンレイさんも云っていたが、やはり、迷い込んだのが本当のようだ。一宿一飯などと、古い時代劇に出るヤクザの口上だが、この人、もしかするとその筋の出なのかと思わせるほど、和尚さんが口にすると時代感覚にぴったりとあう。 「ハンレイさんが云っていましたけど、この村がいまあるのは、和尚様のおかげだそうです。生意気なようですけど、教育などは他の都会とくらべても、ずうーっと内容が良さそうですけと」 「この村の財産は人間だ。今日、村の人たちに出会って、強く感じたことがあったろう」 「大ありです。まったく、他の国、外国に来たような感じです。普通の、この島国の住人より、みな背が高く大柄ですし、顔の彫りが深い人たちが多く、女性はきれいな人達がたくさんいるのにびっくりしました」 「お前が云いたいのは、ハーフが沢山いるということだろう」 「はい、そうです。そういうことです」 「ハーフと云う言いかたは俺は嫌いだが、永年、この問題に取り組んでいるけど、うまい解決策がない。国際児という云い方もあるが、国際経験のある子どもと受け取られると、ちょっと意味がちがってくる。当面、適切な言いかたが思い浮かばないので、この呼び方を使っている。しかし、こんなことに気を使うのは、わしやお前のように外から入って来たわれわれだけのことで、彼らにとっては、ハーフだろうが、ダブルだろうが、混血だろうが、ただ一人の普通の人間であることに変わりはない」  和尚さんは箸を取り、雑炊をかき込みながら、ゆっくりと話し出す。 「人種的な特徴があるということは、当たり前のことだが理由がある。わし自身は、シマタイコクのどこにでもいる平凡な顔つき、背格好だ。お前も同じだ。わしら二人は、この千厳寺村に、外部から迷い込んできた人間だ。このあたりのことを理解すれば答えは簡単だ」  ぼくは山菜雑炊を口にしながら、和尚さんのいう意味を考える。  たどりつく結論は〈外部〉の人間と、この村で生まれ育った人たち、〈内部〉の人間は、人種が違うということなのか。  同じシマタイコクに生きているのに・・・。  今日、一日、ハンレイさんに付き従って幾人かの村の人たちと会っただけで、ぼくみたいな凡庸な人間にも、結論が導きだせる。  千厳寺村の全部とは云わないがかなり多くの住民は、このシマタイコクにありながら人種が明らかに違う・・・。  なぜ?  そう、問題は〈なぜ〉である。  三十年前にこの村にやってきたという和尚さんは恐らくその理由を既に知っているに違いない。 「ぼくの想像ですけれど、千厳寺村の人たち、村人たちは、シマタイコクの従来の人たち、和尚さんやぼくなんかと、人種が違うということですか?」  和尚さんは、年をとっているが、足腰は勿論のこと、歯が丈夫らしく、食事が早い。若いぼくと同じタイミングで食事を終わる。終わると、ハンレイさんが云っていたように、ずた袋を持って本堂の縁から外に出て、三四分で帰って来る。  すっきりした顔つきで、話の続きを始める。 「お前は年の割には理解が早いが、問題はそれからだということが分かるだろう。ところで、お前は、この村に迷い込んだのは、偶然だと云っていたが、迷い込んだのは確かに偶然だろう。地図にも載ってない場所に、目指したところで行きつくことは出来ない。偶然と幸運にめぐまれた、ということだろう。しかし、それと、千厳寺の名前を知っていたという事とは別の話しだ。どうして、千厳寺を知った?」  大学ノートをみて好奇心を抱き、ノートの持ち主と思われるタムラさんの突然の自殺に心を突き動かされて、シマタイコクのかかえる闇の一部をこじ開けてみようと大望はもったが、とても、ぼくのようなガキ一人で何かできるようなことではないと分かってきた。和尚さんにすべてを打ち明けてどうすべきかを考え始めていた。だから、和尚さんの質問は渡りに船だった。 「ぼくの住む団地のゴミ捨て場で、偶然、大学ノートを見つけました。そのノートに千厳寺のことが書いてあったのです。しかも、戦時中にこの境内で戦いがあって、多くの犠牲者が出たというのですから、興味というよりは、驚くのが当たり前でしょう」  そう云いながら、リュックを手元に寄せ、底から大学ノートのコピーを取り出した。 「これが、そのコピーです」  和尚さんは数枚のコピーに目を走らせ、みみずののたくったような字を見ていたが、 「うーん、当事者でないと書けないようなことだな。・・・よくこんなものが残っていたな」  和尚さんは、感心したようにつぶやくと、 「これは、今夜、借りてもいいか」 「差し上げます。ぼく、オリジナルの大学ノートを持っていますから」 「そんなものは、さっさと処理してしまった方が良い。まかり間違うと、命の問題になる」  ぼくは、団地のタムラさんのことを思い出した。 「ぼく、多分、その大学ノートの持ち主だとおもうんですが、団地に住んでいた九十才を越えたお年寄りですけど、ぼくと会う約束をした日に、マンションの屋上から飛び降りて自殺しました」 「ノートの持ち主が自殺?」 「タムラさんっていう、もと、軍人だった人です」 「なに、た、たむら! ・・・うーん、タムラか・・・」 「和尚さんは、タムラさんを知っているんですか」 「いや、似た名前の人を知っている。・・・千厳寺の問題を解くカギになる人物だ。 九十才とかいっていたな。年はぴたりと合うような気がする」  和尚さんがこれほど、残念がるのだから、この問題を解決する、大事な人物なのだろう。そんな人がぼくと同じ団地に長い間一緒に住んでいて、しかも、どうも、ぼくが大学ノートを見つけたことが原因で自殺してしまったのだ。和尚さんが、ぼくが大学ノートの本物を持っていることを知って、命の問題だといったことが頭にひっかかる。 「そのタムラという男とは話はしなかったのか」  ぼくは、タムラさんと会った次の日の午後、会う約束をしていたことを話した。  和尚さんは、ガキ呼ばわりするぼくのいうことを真剣な表情で聞いている。 「いや、お前に会ったことは偶然とはいえ、おれの寿命を考えたら、お前に引き合わせてくれたことにお礼をしなければならん」 「お礼? 誰にですか」 「バカ、この寺のご本尊を知っているだろう」 「おキツネ様ですか」 「そういう云い方もあるのか。稲荷大明神さまだ。さっそく、ご祈祷をあげておこう」  ぼくはハンレイさんから、和尚さんのお経はすべてハンニャシンギョウだと聞いていたので、ご祈祷をすると聞いて、ちょっと可笑しくなった。 「和尚さん、ぼくの情報は、かなり役立つのでしょうか」 「うん、役立つ。お前もあのノートを読んだから知っているだろうが、戦時中、この千厳寺境内で戦いがあった。先の十年に近い戦争中、オキノシマを別にして、このシマタイコク自体が戦場になったことはない。歴史はそのように書かれている。しかし、実際には、兵火を交えた場所があった。この千厳寺境内だ。確かに、戦った相手が、敵国の兵士といえるかどうか、白兵戦程度の戦いだったようだが、この村の百人を越える住人が犠牲になった。しかも、しかもだ、この戦いは、シマタイコクの歴史のなかに一切記録されていない。ここで戦いがあったこと、多数の犠牲者が出たことを知っているものは、すべてこの世から抹殺されている。戦後百年近く経っても状態は全く変わっていない。タムラのことをみれば分かるだろう。この千厳寺とどういう関係があったか知らないが、多分、多分だぞ、千厳寺のことを書いたノートを持っていたことで自殺させられた。わしはどうも、強制されての自殺のような気がするのだ」 「強制されて、というとどういうことですか」 「本人は九十才だとすれば、さして未練はないだろう。しかし、子供や孫の命を取ると脅かされる場合もあり得る」  この時の和尚さんの云い方は、静かだが、なにか、一語一語に力がこもっていて真に迫るものがあった。この力の籠め方に異様なものを感じたのはぼくの思い過ごしではなかったのだ・・・。  年輪を重ねてもなお、タフな神経を持ち続ける和尚さんにも、断ち切れない思いが渦巻いていたのだ・・・。 和尚さんはすぐに思い直したように、柔らかい表情に戻り、 「これはわしの想像だが、いまだに、そんな怖ろしいことが起こった可能性がある。お前もこの事件に首を突っ込んでしまった。せいぜい気をつけるんだな。まあ、この千厳寺村に居る間は命の保証はしてやるが」  突然、心臓が鼓動を打ち出した。  おふくろは大丈夫だろうか。  大学ノートをうちに残してきている。  その上、自治会役員として、今回の件ではいろいろと動き回っている。安否を確かめた方がよさそうだ。あとでこの寺から連絡できるかどうか聞いてみよう。  ・・・ダメだろうな。  ぼくは、寺のおんぼろ振りを見ると、この寺から電話するなど、月か星に電話するようなものだと思った。  ぼくの心配をよそに、和尚さんは、久しぶりで、この話をしたからだろうか、かなり興奮している様子だった。 「お前からもらったノートに目を通したいんで、今晩はこれでお開きにしよう。明日は、もう少し突っ込んで話ができるかもしれない」  膳に手をかけ、腰をあげようとする和尚さんに、ぼくは、大学ノートを残してきた家のこと、何も知らない母のことが心配で和尚さんに、わが家に連絡する方法はないか訊ねた。 「お前若いのに、ケイタイ持ってないのか。あっそうか、持っててもこんな山奥では役に立たないということか。千厳寺仕様のインターネット電話でないとダメだ。この寺にはない。明日、村に行って、学校か図書館で借りたらどうだ」 「家を出て、もう一週間になります。母が心配していると思って。警察に捜索ねがいなど出されると面倒になりますので。・・・いま、和尚さんの云われたことも気になりますし」 「明日の朝まで待てんのか。おっ、そうだ、ハンレイがケイタイを持っている。勿論、この村の仕様になっている。世界中と話しができるとか云っていた。借りたらどうだ」 「・・・もう、十一時を過ぎています。ハンレイさん、休まれていませんか」 「寝つきのいい子だから眠っているだろうな。お前は、残してきた大学ノートのことで急に心配になったのだろう。タムラのこともあるしな。まあ、明日まで待つかどうかはお前の判断にまかせる。・・・ハンレイの部屋は別棟の奥の三号室だ。同僚たち数人と寝ている」  和尚さんは膳を持つと立ち上がった。ぼくが持って行きますというのを、お前はやることがあるだろうと、膳を持つと、ぼくが差し上げたノートをふところに、量が増えたに違いないずだ袋を肩に、渡り廊下の踏み板を鳴らして出て行った。    山の中からみる星空はきれいだ。しばらく星をみているうちに、やはりおふくろのことが気になる。踏み板のきしみ具合で決めようと、本堂を出て渡り廊下に足を踏み出した。きしむ音があまり大きければ止めにしよう、みんなに迷惑がかかる。・・・。足先に注意を集中しているせいか、きしむ音がいやに低い。ぼくはそっと渡り廊下を渡り終ると、別棟の入り口に立った。新入りのぼくは別棟に誰がどのように住んでいるのかまったく見当がつかない。さすがに、本堂みたいに破れ放題というのではないが、質素で古い佇まいが寺の一部であることを語っている。和尚さんの云った、三号室だけが頭に残っている。廊下をはさんで部屋があり、号数で示してあるのかと思ったが、そんなものは何もない。こんな夜中に、間違って部屋に入れば、騒動を引き起こすだけだと、あきらめて引き返すことにした。本堂への渡り廊下まで来たところ、後ろで、低く、 「ゴロウさん」と呼ぶ声を耳にした。  振り返って闇を見透かすと、着物を羽織った女性の姿がある。静かに近寄ってくる姿はハンレイさんだ。 「ハンレイさん!」 「さっき、和尚さんが部屋に立ち寄って、ゴロウさんが来たらケイタイをかしてやってくれって仰っていたの。それで、待っていたのよ」 「和尚さんが・・・」  ちょっと、胸がつまったが、ハンレイさんの差し出すケイタイを受け取ると、 「うちのことが心配になって。・・・おふくろに電話を入れてみようと思って」  ハンレイさんから操作を教わると、本堂に戻り、すぐに自宅に電話を入れた。こんな山奥から通じることに、世の中のせまさを痛感させられた。  おふくろは連絡を待っていたらしく、悦び半分、怒り半分で叱責されたが、話の終わりに、タムラさんのお宅に警察の捜査が入ったと知らせてくれた。何を理由に?  とにかく、おふくろの元気な声を聞けただけで、ぼくは目的を達した。本当は、家に残してきた大学ノートのことを伝え、十分に注意することを云いたかったのだが、かえって、おふくろの心配事が増えるだけだと、かろうじて口の中に留めた。  電話を切って、渡り廊下にいるハンレイさんに近寄ると、 「おふくろに怒られちゃいました。きちんと連絡入れろって。山に入れば電話できないの知っているくせに・・・。ハンレイさん有難うございました。こんな夜中に申し訳ありません」 「元気なこと知らせてよかったわ。変わりなかったの?」 「知り合いの家にちょっとごたごたがあったようです。明日、和尚さんに報告しなければなりません」 「明日また、出かけますからね。さっき、和尚さんが寄られた時に、明日、図書館にゴロウさんと来てくれって云われました」
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