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二度目の家出
小夜に、母が弥吉を殺した話をしたその夜、危うい立場ながらぐっすりと寝ていると、何やらドタバタと音がした。
「うるさいなぁ……」
佐吉が目を開けると、隣に小夜が倒れてきた――!
「ひゃあっっっ」
佐吉は飛び起き、身構える。
目を凝らすと、相手は独りだけのようだ……。
「おい、熟睡するなんて、呑気なもんだなぁ……ヒック」
話しかけてきた相手がヒックという音を出して、佐吉は気づく。
「もしや、十郎か」
「いかにも。いちを助けに来たが……ヒック……お前、出たいか? ここ、実家なんだろ」
「出たい」
佐吉は迷うことなく即答した。
「んじゃ、さっさと行くぞ。城のもんはまだ儂が入ったことに気づいておらんからな」
十郎は闇に紛れて進みだし、佐吉もすぐに後をついていく。
そして、難なく城外に出れた。
「十郎、ありがとう」
「なんの。あやめから依頼を受けて銭を貰ったから……ヒック……やったまで。あやめに礼を言うんだな」
「あやめが?」
「そうだ。まあけど、あの屋敷はなくなるから、あそこに戻るかそのまま消えるか自由にしろ」
「あ、そうか……」
佐吉は父が成敗すると言っていたのを思い出した。
「儂はこのままどろんするぞ。じゃあな」
十郎はあっという間に暗闇に消えていった。
(俺は、あやめに会っておきたいし、俺のせいでなくなる屋敷を守りたい……)
佐吉は屋敷のほうへと闇の中を疾駆した。
数日前に遡り、佐吉が連れていかれたあのときのこと……。
あやめは神社から風のごとく屋敷に戻った。
「兄者、兄者!」
帰るなり取り乱しながら平蔵を呼ぶと、
「どうした。お前らしくない」
と、平蔵がゆったりと姿を出した。
「兄者、佐吉が連れていかれた!」
そうあやめが伝えると、平蔵の目が光る。
「相手はどんなやつだった?」
「えと、長い髪のくのいちで……、佐吉のこと、黒井佐吉様と呼んでいた」
それを平蔵は聞くと、目を細めて笑いだす。
「ああ、なら大丈夫」
「何が大丈夫なんだ」
あやめは怒る。
「佐吉は実家に帰っただけだ」
「実家に?」
平蔵の思わぬ言葉にあやめの声が裏返る。
「ああ、佐吉は黒井家のご子息だ」
平蔵が落ち着き払って答える。
「そ、そうか。兄者は知ってたのか」
あやめは動揺を隠せない。
「そうだ。おそらく、長髪のくのいちは黒井家直属の小夜という者。実家に帰ったのなら、大丈夫だ。助けにいく必用もない」
と、平蔵は言うが、
「けど、あんな連れ戻し方あるか。毒刃で無理やり倒して連れていくなんて……大丈夫なわけなかろう」
と、あやめは苛立つ。
「けど、あいつに関わったせいでウチは討ち滅ぼされる」
「どういうことだ」
「実は、佐吉を利用して忍びこんだことを知った黒井様がご立腹らしい。代田様も俺らを消すことに賛成だとさ」
平蔵は少し困ったような顔をした。
「あいつのせいじゃない。知ってて使った兄者が悪かろう」
あやめは平蔵を睨む。
「そうだな。私はこの組織を解散することに決めたよ。散々暴れ回ってからね。
だから、その準備もあるから、佐吉のことにはかまってられないよ」
そう言って、平蔵は奥に入っていった。
残されたあやめが突っ立っていると、十郎がこそこそとやってきた。
「今の話聞いたぞ。儂なら助け出せる」
「本当か? 信じられぬな」
あやめは眉をひそめる。
「本当だぞ。儂は倉美城の侍女とできてるからな。上手いこと潜りこめるんだ」
と、十郎。
「女好きは役に立つのだな」
フンとあやめは鼻で笑う。
「ああ。報酬を弾んでくれたら、やるぞ」
「わかった。お前に賭けてみよう」
と、あやめは前払金を十郎に渡した。
そして、十郎により、佐吉は二度目の家出に成功したのだった。
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