終縁

1/1
前へ
/13ページ
次へ

終縁

 朝になり、小夜は目を覚ますと、もぬけの殻の部屋を見て焦った。  ただちににお屋形様の下に向かう。 「お屋形様、申し訳ございません。佐吉様に逃げられました」  お屋形様の前に小夜は土下座した。  小夜の報告にお屋形様は全く動じない。 「そうか、是非もなし。もう、あやつを追わなくてよい」 「はっ」  と、小夜は土下座したまま答える。 「もうこれで、佐吉と縁を切る。して、お主も切る」 「えっ」  思わず小夜の顔が上がる。 「お主が逃がしたという疑いもある。もう信じられぬ故、ここから出てけ」  お屋形様は手でさっと払うしぐさをした。 「はっ。誠に申し訳ございませんでした。今までのご恩はゆめゆめ忘れません。  ……では、失礼つかまつります」  小夜はそう申すと、速やかにその場を離れた。  それから、旅装束に身を包み、荷物をまとめて城を出ていった。  小夜は城がぎりぎり見える所まで来ると、立ち止まり、振り返った。  そして、城に向かってお辞儀をすると、「さらば」と、進むほうへと顔を向けた。  長い黒髪がふわりとなびく。  冷たい目で行く道を見据えると、再び歩きだす。  思い残すことはなにもない。  小夜は仕事として忠実に仕えていただけで、情のかけらも黒井家にはなかったのだった。  小夜が出ていった翌早朝、倉美城で鬨の声があがった。  空が白み、朝もやが立ちこめる中、忍者屋敷の屋根の上にいた佐吉がひらりと飛び降りる。 「来たよ」 「大がかりなものだね」  遠くからでも見える土煙と旗の束を平蔵はのんびりと眺める。  やがて、多くの足音と黒井家の旗が忍者屋敷を取り囲んだ。 「じゃぁ、いっちょ行くよー!」  平蔵の掛け声で残っていた忍者衆が各々暴れまわり始めた。  撒き菱を散らしたり、煙幕で足止めしたり、仕掛けの網で捕らえたり……。  しっかり戦わずにおちょくるばかりだ。  佐吉は立派な兜をかぶった大将を見つけると、その前に躍り出た。 「我こそは黒井八吉(やきち)と知ってのことか」  黒井八吉と名乗った武将は大槍を振り回して佐吉に突き出す。 「わかってるさ。その兜、やっぱり八兵衛の方が似合うな」  佐吉は頭巾を外して顔をあらわにした。 「佐吉か」  八兵衛改め八吉は少しためらった。が、すぐに槍を力強く握る。 「もう、貴様は黒井の者ではない。容赦はせぬ」  真剣な眼差しの八吉に、佐吉はニヤリと笑うと、「そうか」と答え――、煙幕を張って飛びすさった。 「八兵衛、すまない。俺のぶん、よろしく頼む!」  そう叫びながら木の上に飛び上がった佐吉は枝の上を巧みに渡りながら逃げていく。  矢を持っていた武士が矢を向けたが、枝が邪魔で矢は当たらない。 「おい! 待てっ!」  八吉は佐吉に聞こえるよう、できる限りの大声を出した。  すると、逃げ出したはずの佐吉がまた近くまで戻ってきて、八吉も周りの武士も武器を構える。 「この屋敷のそばにいたら危ない。火薬がしこまれている」  それだけ告げると、佐吉はまた木の間を走って逃げていった。 「え、おい、ま――」  ドォオオオーーーン!!!!  八吉はまた呼び止めようとしたが、ごう音がとどろき、火の手があがった。  その火はますます強くなり、至る所でドンドンと火花が飛び散り、油でも撒かれていたのか、下草にも一気に燃え広がっていく。 「勝負は決まった。我らの勝ちだ。退けー!」  八吉はそう指示を出すと、一目散にその場を離れたのだった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加