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秘め事
そんな日々が続き、一夏が過ぎた。
佐吉はあやめに追いつくようになり、更にしっかり先回りもできるようになった。
少し肌寒く秋めいてきたその夜も、佐吉はあやめと仕事を終えて丑三つ時を過ぎて帰ってくると、あやめが戸を開ける前にさっと開けた。
あやめが縁側に行くと、平蔵がゆっくりと茶を、月明かりの中で飲んでいた。
「おかえり」と平蔵が笑顔で向かえたが、
あやめは「ただいま」と無愛想に返事をし、縁側に腰掛ける。
すると、佐吉が足拭き用に水桶と手拭いをさっと出してきた。
えもいえぬタイミングにあやめは呆気に取られながら「ありがとう」と言い、自分で足を拭う。
「佐吉は素晴らしい弟子だね」
二人の様子を見ていた平蔵がにこにこしながら話しかけてくる。
「弟子とはこういうものなのか。これでは僕だろ」
あやめはむすっとして返す。
「いやいや、師匠の動作をよく見て学ぶのは大事だし、ささっと素早い動作ができるのは忍びとして大事だよ」
「そうかねぇ……」
平蔵の言葉にうーんと考えながら下を向いたその時、頭に何かポタッと落ちてきた。
「え、な、なに? なんか頭に、動いてるっ!!」
佐吉が静かにあやめの頭から虫をつまむ。
「ただのダンゴムシだ」
と、地面に置いて放し、あやめの髪を触って様子を見る。
それから――、
「もう何も無い。大丈夫」
と、あやめ頭を優しくポンポンと触った。
「ひゃあ! さ、触るな!」
虫がいなくなり、素に戻ったあやめは、顔を真っ赤に染め――、そして、触っていた佐吉の腕を取り、投げ飛ばした……。
「わ、我としたことが、油断した。触られるなど……」
「確かにね。ヤられないために、気配を察知して触られないようにする鍛錬してきたからねぇ。
私以外に触られたの久しぶりじゃない?」
クスクスと平蔵が笑い、あやめは睨む。
「にしても、毛虫でなくてよかったな。あのときは――」
立ち上がった佐吉が余計なことを話しだし、あやめは手にくないを握る。
佐吉は瞬時に、後ろに跳びずさり、応戦すべく、自身もくないを取り出す。
佐吉のやる気を確認したあやめはフッと笑うと、本気で佐吉に突っこみ、くないを振るう。
佐吉はあやめの動きを確りと読み、弾き返す。
そんな感じで、二人の戯れはしばし続き――、
「佐吉、話がある」
それを愉しげに見物していた平蔵が佐吉に声を掛けた。
「えっ」
今? と思いながら、佐吉は平蔵の側に向かう。
あやめは平蔵に促されてその場を離れた。
「明日ちょっとした夜襲をかけるのだけど、本来の目的は茶碗を取ってくることなんだ。
で、その茶碗を取ってくるのを、佐吉、君にやってもらいたい」
「俺に?」
「そうだ。今度の目的地は黒井家が治める倉美城だ」
「それは……」
「君の実家でしょ?」
飄々と言う平蔵に佐吉はなんでと戸惑う。
「君の刀、最初見た時から気になっていたんだ。立派な拵と黒井家の家紋。
まあ、商いで手に入れた可能性もあるけど……、そんなカネになるものを売らないでいるの、おかしいでしょ?」
平蔵が全てわかっているんだぞという目で見つめ、追いつめれた佐吉はハハッと笑った。
「だったら、俺を斬るのか? あんたらの仕え主代田は黒井と敵対してんだろ」
「斬らないよ。そこまで知ってても、我らを今まで裏切らなかったでしょ」
と平蔵は飽きれつつ、
「私は君を利用しようとしてるんだよ。忍びをなめてもらっちゃ困る。嫌ならおうちに帰って、ご忠告してあげな」
と、のたまった。
「うちに帰る……」
そう口ごもった佐吉の頭に、血が登っていく。
「俺はもうあそこを出たんだ!」
と声を荒げ、そして、
「あそこは関係無い! やらせてもらう」
と言いきった。
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