秘め事

1/1
前へ
/13ページ
次へ

秘め事

 そんな日々が続き、一夏が過ぎた。  佐吉はあやめに追いつくようになり、更にしっかり先回りもできるようになった。  少し肌寒く秋めいてきたその夜も、佐吉はあやめと仕事を終えて丑三つ時を過ぎて帰ってくると、あやめが戸を開ける前にさっと開けた。  あやめが縁側に行くと、平蔵がゆっくりと茶を、月明かりの中で飲んでいた。  「おかえり」と平蔵が笑顔で向かえたが、 あやめは「ただいま」と無愛想に返事をし、縁側に腰掛ける。  すると、佐吉が足拭き用に水桶と手拭いをさっと出してきた。  えもいえぬタイミングにあやめは呆気に取られながら「ありがとう」と言い、自分で足を拭う。 「佐吉は素晴らしい弟子だね」  二人の様子を見ていた平蔵がにこにこしながら話しかけてくる。 「弟子とはこういうものなのか。これでは(しもべ)だろ」  あやめはむすっとして返す。 「いやいや、師匠の動作をよく見て学ぶのは大事だし、ささっと素早い動作ができるのは忍びとして大事だよ」 「そうかねぇ……」  平蔵の言葉にうーんと考えながら下を向いたその時、頭に何かポタッと落ちてきた。 「え、な、なに? なんか頭に、動いてるっ!!」  佐吉が静かにあやめの頭から虫をつまむ。 「ただのダンゴムシだ」  と、地面に置いて放し、あやめの髪を触って様子を見る。  それから――、 「もう何も無い。大丈夫」  と、あやめ頭を優しくポンポンと触った。 「ひゃあ! さ、触るな!」  虫がいなくなり、素に戻ったあやめは、顔を真っ赤に染め――、そして、触っていた佐吉の腕を取り、投げ飛ばした……。 「わ、我としたことが、油断した。触られるなど……」 「確かにね。ヤられないために、気配を察知して触られないようにする鍛錬してきたからねぇ。  私以外に触られたの久しぶりじゃない?」  クスクスと平蔵が笑い、あやめは睨む。 「にしても、毛虫でなくてよかったな。あのときは――」  立ち上がった佐吉が余計なことを話しだし、あやめは手にくないを握る。  佐吉は瞬時に、後ろに跳びずさり、応戦すべく、自身もくないを取り出す。  佐吉のやる気を確認したあやめはフッと笑うと、本気で佐吉に突っこみ、くないを振るう。  佐吉はあやめの動きを確りと読み、弾き返す。  そんな感じで、二人の戯れはしばし続き――、 「佐吉、話がある」  それを愉しげに見物していた平蔵が佐吉に声を掛けた。 「えっ」  今? と思いながら、佐吉は平蔵の側に向かう。  あやめは平蔵に促されてその場を離れた。 「明日ちょっとした夜襲をかけるのだけど、本来の目的は茶碗を取ってくることなんだ。  で、その茶碗を取ってくるのを、佐吉、君にやってもらいたい」 「俺に?」 「そうだ。今度の目的地は黒井(くろい)家が治める倉美(くらみ)城だ」 「それは……」 「君の実家でしょ?」  飄々と言う平蔵に佐吉はなんでと戸惑う。 「君の刀、最初見た時から気になっていたんだ。立派な(こしらえ)と黒井家の家紋。  まあ、商いで手に入れた可能性もあるけど……、そんなカネになるものを売らないでいるの、おかしいでしょ?」  平蔵が全てわかっているんだぞという目で見つめ、追いつめれた佐吉はハハッと笑った。 「だったら、俺を斬るのか? あんたらの仕え主代田は黒井と敵対してんだろ」 「斬らないよ。そこまで知ってても、我らを今まで裏切らなかったでしょ」  と平蔵は飽きれつつ、 「私は君を利用しようとしてるんだよ。忍びをなめてもらっちゃ困る。嫌ならおうちに帰って、ご忠告してあげな」  と、のたまった。 「うちに帰る……」  そう口ごもった佐吉の頭に、血が登っていく。 「俺はもうあそこを出たんだ!」  と声を荒げ、そして、 「あそこは関係無い! やらせてもらう」  と言いきった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加