女になりたくない

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女になりたくない

 一方、話す二人から離れていたあやめは……。  奥の部屋に向かっていくと、月明かりの下で独り酒盛りをしている相変わらずの十郎を目にした。だいぶ飲んでいるようで、頭がぐらついている。 「おい、飲み過ぎじゃないのか」  みかねてあやめは声をかける。 「あーん? 明日の仕事の為の景気づけさ」  と十郎が返してきた。 「仕事に行くのか、珍しい」 「聞いてないか。明日の夜皆で倉美城に乗り込むらしいぜ……ヒック。面白そうだ」 「知らなかった」 (なんでこいつが知ってて我が知らぬ?) 「そりゃあ、まだあんたが子供扱いされてるってことかもな。早く女になるこったな」 「女に?」  心を見透かしたような十郎の答えにあやめは反応してしまった。 「そうだ。女の仕事をするんだ……ヒック。その体使って情報仕入れてくんだよ」  それは男に身を売れということで、くのいちでは情報収集の為の常習手段だが、あやめはそのやり口をまだしたことがない。 「我はそんなものに頼りたくないね」  あやめは眉をひそめて、口ごたえる。 「ふん。ひ弱な女体(にょたい)のくせに何言ってるんだ」  そう言うや否や十郎がいきなりあやめに飛びかかった――!  酔ってるくせに素早くて、あやめが気づいた時には上から押さえこまれ、眠り薬も打ち込まれ――、十郎の力は強く、あやめがもがこうにも抜け出せないし、力も弱まっていった……。 「酒飲んでないあんたより儂の方が力はあるし仕事ができる……ヒック。弱いあんたには女の仕事がお似合いさ」  十郎はあやめの着物をはだけさせ始め、酒臭い顔を近づけてきた。 (気持ち悪い)  そう思うあやめの意識は遠退いていった……。  バシッッ!!!  突然十郎の腹に(まり)が凄まじい勢いで当たり、十郎は吹っ飛んだ。 「なんだっ」  怒って十郎がはね上がると、再び毬が勢い良く飛んできて顔に当たり、十郎は後へ倒れこんだ。 「いてぇなあ」  顔面への衝撃で出た鼻血を擦りながら十郎が体を起こすと、二つの毬をさっと回収した佐吉が立っていた。 「そんなに女触りたいなら毬でもどうぞ」  と毬を二つ佐吉はつきだした。そして、 「二つ並べれば女の胸のごとき感触のできあがり。さあ、お買い上げいかがですか」  と、わざと明るい調子で声を張り上げた。  バカバカしいと十郎は鼻で笑う。 「えせ商人(あきんど)が。そんなんで女の代わり務まるわけねぇだろ」  そう言い立ち上がると、 「ちゃんと忍んでたな……ヒック。儂のしたことが気配に気づかなかったわ」  と、佐吉の肩を叩いてその場を離れようとした。 「忍べれたのはあやめのおかげだ」  立ち去る十郎の背に佐吉は鋭い眼差しを投げかけたが、十郎は振り向かない。 「女の下についたって良いこたぁねぇぞ。  あんたがあいつの弟子やらされてるのは、あいつを女にするためなんだからよ」  えっ……と、佐吉が戸惑う間に、十郎は部屋を出ていく。 「あ、毬は?」  はっとして、佐吉が呼び止める。 「儂は女には困らんのでね。女のとこにでも行ってくるわ……ヒック」  と、十郎は酒を持って闇に消えていった。  あやめが目を覚ますと、辺りは明るくなっていた。 「この明るさはもう昼かな」  体の上に掛かっていた着物を着ると、縁側に出て清々しい秋の空気を吸い込んだ。 「そういえば……」  少し頭が動き始めて、昨日のことを思い出した。 (佐吉の姿が見えたような……)  そして、十郎に言われたことも思い出した。 (女の仕事……するべきなのか? 否、やりたくない) 「あやめ」  顔をしかめていたあやめが声がする方を見ると、平蔵が少し離れた縁側で手招きをしている。  行ってみれば、十郎もいてあやめはたじろいだ。 「すまぬ」 「どうした、兄者」  思いがけず、平蔵に謝られてあやめは困惑した。 「佐吉に聞いた。俺の監督不行き届きだ。すまぬ」  と平蔵が土下座し、 「行き過ぎた真似をすまぬ」  と、十郎も素直に土下座をしてきた。 (まさかあの十郎が私に土下座を。 夢か?)  あやめは茫然とただずむ。 「酔っていたとはいえ、十郎は妹に酷いことをした。だが、十郎は忍びの仕事に必要だから、すまぬがこれからも十郎はここに置く。  悪いが、目をつぶってゆるしてやってくれまいか」  あやめを見つめる平蔵の目は有無を言わせない感じがあり、 「兄者がそう言うなら、無かったことにするよ。謝ってくれたし……」  あやめは渋々ゆるした。 「ありがとう。苦しい思いをさせてすまぬ」  と、平蔵が言うや否や、十郎が立ち上がる。 「ありがとよ。もう話はいいだろ?  仕事までに時間あるから外いってくるわ」 (食えないやつめ)  口笛を吹きながら出ていく十郎を、あやめは白い目で見送った。 「あやめ、今夜倉美城で暴れるのたけど、佐吉が茶碗を取りに行くから助けてあげてね」  十郎が行ったほうへじっと睨んでいるあやめに、平蔵が声をかける。 「わかったよ」  苛立ちながら答え、あやめも部屋を出たのだった。
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