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奇妙なおなご
時は戦国時代。今よりも樹海に覆われていた。その時代、旅人は山路を歩いて越えていた。
そんな山路を、蓑笠と籠をつけた青年が独り歩いていた。
山賊や落武者狩りなどが出る危険な旅路を独りで歩けるほどに彼の体つきは立派なものであった。
「きゃあ!」
峠にさしかかろうというところで、女の叫び声を青年は耳にし、駆け出した。
すぐさま抜刀できるよう、刀に手をそえて。
だが――、
「おなごはどこだ?」
彼が駆けつけたときには、倒された山賊どもが寝ころんでいて、女の姿はなかった。
「助けられればと思ったのだが……。
まぁ、俺が人を殺めることにならなくて良かった」
そう笑うと、彼は再び歩き出す。
彼の名は佐吉。
商人として方々を歩いていた。商才はなく苦しかったが、武家社会というしがらみはない暮しを満喫していた。
「にしても、さすがに腹が減った。次の町で何か売れればいいが……」
峠を越えた佐吉の眼下に代田という者が治める城下町が広がっていた。
その城下町の上には曇天が広がっている。
期待を胸に佐吉が力強く歩を進めたそのやさき、それをくじくかのように雨が降り始めた。
青々としげった木々の葉にボタボタと雨粒が当たる音が響き、紫陽花は雨つゆで鮮やかさを増していく。
「おいおい、待ってくれよぉ」
いつの間にかどしゃ降りになり――、佐吉は出来る限り足早に峠を駆け下り、城下町へ入っていった。
雨はやみそうになく、大きな茅葺き屋根がある家の軒下で佐吉は雨をやり過ごすことに決めた。
すると、香ばしいにおいが漂ってきた。
においの方向を見ると、茶屋にあるだんごのようだ。
佐吉はため息をついて、巾着袋に手をいれた。
分かってはいたが、空だった。
誰かを襲って銭を手にするなど、佐吉はやらない。
そのくせ、上手くカネもつくれぬのだから、旅商人として生きていくなど、たいした根性である。
腹をすかした佐吉が、恨めしそうに茶屋を眺めると、浪人らしき者が三人一緒に焼き立てであろうだんごを食っていた。
「あーいいなー」
佐吉は目を細めて、自分が食べているのを想像しだした。
が、それを浪人Aが気づいた。
浪人A「おい、あれ……」
浪人B「んあ? なんだ?」
浪人A「あれ、我らのこと見てないか?」
浪人C「最近嗅ぎまわってるヤツかもしれぬ」
浪人B「叩いたら何か出るかもな。いっちょ行くか」
浪人達は食べ終わると、ガンを飛ばしながら佐吉の方へ向かった。
佐吉がその異変に気づいた時には、浪人達に囲まれていて――、
「あ……あのぉぅ……」
「その者、ちょっと来てもらおうか」
路地裏へと連れこまれたのだった……。
だがその時、黒い影も一緒について行ったのだが、それを誰も気づいていない。
浪人は簡単に人を斬る者達だ。そうと知っている佐吉に緊張が走り、簑の下に隠してある刀に手をそっとあてがう。
できれば斬りたくないから、どうにか巻けぬかと考えながら。
「あんた、あそこで何してた?」
「いや、その、腹が減って見てしまって」
厳つい浪人Bが話しかけてきて、佐吉はしどろもどろで答える。
この場をうまく収める言葉を探すが、みつけられない……。
「こやつ、だいぶ怯えて、関係なかろ」
「いや、忍びならこうまでして化かすもの。その者、云わぬなら切るぞ」
浪人Aの言葉に耳をかさず、浪人Bは刀を抜くと、佐吉の目の前に突きだして停止させた。
刀を持つ佐吉の手に力が入る。
(え?)
何か小さい塊が素早く通り過ぎた? と佐吉が思ったとき、浪人どもは地べたに倒れこんだ……。
「早く立ち去れ! 吹き矢の眠り薬で眠っているだけだ」
声をかけられて見れば、町娘とおぼしきおなごが立っていた。
佐吉より背が低く、かよわそうなのに、目つきが鋭い。
「君がこれを?」
「そうだ」
「ありがとう」
「いいえ」
おなごは素っ気なくそう言うと立ち去る。
が――、毛虫がぽとりと娘の肩に落ち――、
「ぃぎゃあー!!!!」
おなごは先程の冷静さはどこにやら、取り乱し、わめきだした。
おなごの大声で、浪人の一人が目を開け、ふらりと立ち上がり、刀を振り上げた――!
まずい! と、佐吉の体が動く。
だが、佐吉よりも素早く、おなごが目にも止まらぬ速さで浪人を仕留めた……。
わめきながら。
そのおなごはどこか常軌を逸していて、まるで人情のない獣のようである。
(このままでは、俺も殺られる!?)
と思ったら、おなごと目が合い、佐吉はびくっと凍りつく。
が、おなごは、町娘らしからぬ俊足で去って行った。
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