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実家に忍びこむ
夜になり、黒装束に身を包んだ忍び数十人が平蔵指揮の下、倉美城の周りに潜んだ。
雲に隠れがちの月の光が微かに届き、虫の音が響き渡っている。時の合図が来るまで皆、静かに待っていた。
「なんで茶碗なんだ?」
佐吉は隣で待機していた平蔵に小声で聞く。
「代田様がそれを欲してて、持ってきたら褒美を弾んでくれるって。倉美城より価値があるとか。で、ついでに少し暴れて総力も削って欲しいって依頼なんだ」
「へぇ、そうなんだ」
平蔵の答えを聞いて佐吉は城を見つめた。
(そんな価値の茶碗があるなんて知らなかったな)
「ところで、元気なさそうだけど」
もう一人隣にいた者、あやめに平蔵が尋ねる。十郎の件を知っているくせに。
「そんなことない」
あやめは平蔵に顔を向けずに答えたが、平蔵はその顔をじろじろ見るとわざと考えこみ、パチンと指を鳴らした。
「もしかして、恋わずらい?」
「はあ?」
(このバカ兄者は何を言っているのだ)
あやめは平蔵をねめつける。
「佐吉のこと、好きなんでしょ?」
「え、そんなこと……」
(そんなことは……)
考えてみると、なぜか佐吉に優しくされた瞬間がよぎっていき――、平蔵のほうを見れば、その隣にいる佐吉の横顔が目に入り、なぜかドキリとした。
そして、どんどんドキドキしていく。
「そんなことは、あらぬ!」
この状態を打開すべく、つい大声が飛び出し、あやめはハッと口を押さえた。
が、後の祭り。
「なにやつ!」
と、城の内外が騒がしくなる。
平蔵は楽しそうに出撃の合図をだし、皆仕事を始めた。
「もぉー! 兄者のバカァー!!」
怒りくるい、正常心をなくして突っ込んでいったあやめは、変に力が出て、武士をどんどんなぎ倒していく。
「こういう状態のあやめは強い。ここはあやめに任せて本来の仕事に行ってきな」
にやりとした顔を平蔵が佐吉に向けた。
「わざと焚きつけて妹を利用したのか。酷い兄だな」
佐吉は眉をひそめる。
「忍びとはそういうものだよ。だまされて簡単に使われるあやめが未熟者なだけさ。さあ、取ってこい」
平蔵がけろりとして佐吉の背を押し出した。
(忍びって怖いな。まぁ、武家社会も怖いけどな……)
佐吉は実家の天守閣を見上げ、少し感慨にふけったが、意を決して忍びこみに行った。
佐吉は平蔵から教えられた場所に向かった。
城の勝手がよくわかる佐吉はすんなりその場所に忍び込んだ。
茶碗が置いてあるのを見つけると、すぐに懐に閉まって外にでる。
が、槍を持った武士が立ちはだかった。
月から雲が退き、外は明るくなっていく。
(八兵衛……)
八兵衛は小姓の頃から黒井家に仕えていて、佐吉と兄弟のように過ごしてきたのだ。
その親しかった者の、精悍な顔が月光に照らされ、佐吉にはよく見えた。
八兵衛が槍を振りおろしてきたが、佐吉はそれをかわす。
だが、もう一突き来て、顔を隠していた頭巾に引っ掛かり――、佐吉はのけ反ると同時に顔があらわになった。
「佐吉⁉」
八兵衛がハッとして動きを止め、佐吉は煙幕を炊き、塀の外へと飛んで逃げた。
佐吉が無事茶碗を回収したことで、忍びたちは速やかに撤退を始め、すぐに城は静かになり――、一瞬の乱闘劇に武士たちは倒れた仲間や壊れた門などを茫然と眺めたり、苛立ったりしたのだった。
八兵衛は佐吉が逃げて行ったほうをしばらく眺めていたが、我に返ると、城主のもとへと急いだ。表情をこわばらせて。
(なぜだ、佐吉。お屋形様にこんなことを伝えたくないぞ……)
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