おもひで

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おもひで

「何故佐吉様はこの地の近くに戻ってきたのですか。しかも、忍びこむなどふざけた真似までして。  捕まえてくれと言ってるようなものでしたが、いざ捕まればずっと浮かない顔をしているのが理解できません」  部屋に戻ると、小夜が佐吉に話しかけてきた。  佐吉は少し考えこむと、 「そうだな……面白そうだったからかな」  と、寝転がりながら適当に答える。 「そうですか。お屋形(やかた)様は日々民を想い頑張っています。その手を煩わすのはやめて下さい」  小夜は目つきを鋭くした。 「わかってるさ。父上の領民想いは。諸国を見てわかったよ。この地の民は幸せだと。けど……」  と言いよどみ、佐吉は体を起こす。 「俺はやり方が気にくわない。民を守る為と言い、すぐ殺したり戦するのがね」  佐吉は世話役の優しい爺やが斬首されたのを思いだし顔をしかめた。  爺やは裏切りを犯したのだが、当時幼かった佐吉には飲みこめなかったのだった。 「先手を打たなければ、すぐに食われます」  小夜は冷たく、世の現状を述べる。 「確かに、先手を打って母上を殺せばよかった」 「何故そのようなことをおっしゃるのですか!」  小夜は咄嗟にくないを構え、いかにも殺人犯を逃さんといったていだ。 「母上が弥吉を殺した」 「弥吉様は(やまい)で……」  佐吉は首を横に振り、小夜がくないを下ろす。 「俺は父上に口止めされた」  佐吉は二年程前のことを、今でも鮮明に思い出す。  弥吉は佐吉の一つ下だが、正室の子で嫡男だった。佐吉は側室の子だ。  二年程前、弥吉が倒れ、どんどん悪化していった。皆、悪い病にかかったのだと思っていた。  だが、ある日のこと。  佐吉が弥吉の様子を見舞いに向かうと、母と侍女の姿があった。  母は「わたくしが、渡してこよう」と侍女からお膳を受け取った。  それから、侍女が去ると、母は折り畳まれた紙をだし、なにやら粉をお膳に振りかけたのだ。 「は、母上?」  様子を眺めていた佐吉は思わず声をかけた。 「母上、何をしているのです」 「薬じゃ。お前の為にもなるぞ」  そう言ってほくそ笑む母は不気味な妖怪のようだった。  けど、正義感に勝った佐吉は母からお膳を引き奪い取った。 「俺の為になるなら、これを食べるっ」  パシーーーン!  佐吉が膳を口につけようとしたとき、母は佐吉の頬を思い切り平手打ちした。  頭がくらりとした佐吉から母はお膳を取り返すと、「そういうことじゃ」と、弥吉の部屋に入っていってしまった……。  佐吉は父にことの次第をすぐに告げたかったが、戦に出ててできなかった。  帰ってきたときには弥吉は亡くなっていて、やっと父に話すと、 「今さらせんなきこと。お前は嫡男になる。それを揺るがすような話は黙っておれ」  と、言われたのだった。  けど、こんなことで急に世継ぎになるのは嫌だと、佐吉は倉美城を飛び出したのである……。 「卑劣な行為だったかもしれませんが、たしかに、せんなきこと。  今さらとやかく言うても仕方ありませんし――、それより、佐吉様のせいでどれだけ周りが迷惑してるのかよくお考え下さい」 「人は簡単に死ぬのだ。俺一人がいなくなったとて、変わらぬだろ」  ピリピリする小夜を見たくなく、佐吉は背を向けた。 「いいえ。拙者にとって無駄な任務をすることになりました。家出した息子を捕まえるという、つまらぬ任務を。  拙者はかようなことをするために黒井家の忍びになったわけでは――」 「嫌なら、命に従わなければよかったではないか」  まともに会話する気がない佐吉は、ごろんとむしろの上に横になる。 「拙者はただ忠実に任務を遂行するだけですから……。  それと、他にも迷惑かかっています。八兵衛など、かわいそうですよ」 「ん? 八兵衛が?」  佐吉はちらりと顔を小夜に向けた。 「そうです。黒井家の子になるならば、八兵衛は本当の親との繋がりを絶たねばなりません。なかったことにされるのです。  それに、心から愛するいいなづけもいたのに、その者とも別れねばなりません」 「え、いいなづけ⁈ いいなづけがいたとは知らなかった。しかも心から愛する」  佐助は俊敏に、立ち上がり、小夜に詰め寄る。 「忍びの拙者はなんでも知っています」 「そ、そうか」  全てを見透かすような、小夜の鋭い視線から佐助は目をそらして、考えこむ。 (八兵衛がそのようなことになるとは……。  けど、俺の心はここにいることが、父や母の顔を見るのが苦しい。  俺はここにいたくないんだ……。八兵衛、申し訳ない……)
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