ダルカレーと月のかけら 中編

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ダルカレーと月のかけら 中編

◇◇  とある日の開店前。  今日はどんよりとした曇空で、今にも雨が降り出しそうだ。  店の前を掃除していると、そこに現れたのはレアンドロさんだった。   「あら? 今日はお一人ですか?」 「ふふ、エミリーヌさんには私とマルコが二人で一人のように思えるのでしょうか」 「ご、ごめんなさい! そんなつもりでは……」 「ふふ、別にいいのですよ。私自身もそう思っている節があるのですから。実を言うと、今日は一人でここに来なくてはならない理由があったから、来たのです」 「まあ! それは何かしら?」  そこまで会話を続けていると、店の奥からオンハルトさんがやってきた。  レアンドロさんはオンハルトさんの姿を見ると、深々と頭を下げたのだった。     「今までお世話になりました。ここでカレーを食べるのが楽しみでならなかったのです」 「えっ? それって……」  私が言葉を濁すと、レアンドロは頭を上げて微笑んだ。     「ふふ、私はこれから王都で過ごすことになったのですよ」 「お引越しですか!? しかし、急ですね! 王都でお店を持てるようになったのですか!?」  目を丸くする私に、何も答えようとはせずに、にっこりと微笑んでいるレアンドロさん。  そんな彼に、オンハルトさんがぼそりと小声で言った。     「だいぶ悪いのかい?」  レアンドロさんの細い目が、わずかに大きくなる。  すると先程とは違って、少し湿り気のある口調で、彼は答えた。     「ふふ、やはり『伝説の雷光』の名はだてではありませんね」 「よせやい。そんな安っぽい名前のことなんざ、誰も覚えちゃいねえよ。それよりもどうなんだい?」 「ええ、残念ですが。もって半年と……。どうしても両親が王都の大きな病院で治療を受けなさいと言ってきかなくてですね」 「そうかい……。まあ、かすかでも希望があれば、それに賭けるのが冒険ってもんだからよ」 「ふふ、私はいっかいのアクセサリー屋にすぎないのですがね……」  この会話の内容……。  もしかしてレアンドロさんは重い病に冒されているんじゃないのかしら……。  だけどとてもそのことを切り出せる雰囲気ではない。  そんな私の戸惑いをよそに、オンハルトさんは険しい顔つきで続けた。     「あいつは当然知ってるんだよな? お前さんの王都行きも、体のことも」  その問いに、レアンドロさんは微笑みながら首を横に振った。     「あまり友を心配させたくはありませんから。今日から二日だけ王都へ素材の買い付けに出る、とだけしてあります」 「二日ねぇ」 「ええ、もちろんたったの二日で戻れるなんて、私自身は思っていません。けど、かすかな望みに賭けるのが、冒険者ってもんでしょう?」 「はははっ! こいつは一本とられたな。そうか、お前さんがまだ生きる希望を捨ててねえってなら、それでいい。頑張ってこいや。こっちのことは俺たちに任せとけ」  レアンドロさんの細い肩をオンハルトさんが力強く抱くと、背中を一度だけばしっと叩いた。  二人が離れると、レアンドロさんは最後まで穏やかな表情で、もう一度だけ私たちに頭を下げた後、静かにその場を去っていったのだった。     ……… ……  三日後――  王都に行ったきり街に戻ってこないレアンドロさんのことは、瞬く間に噂となって広がった。  冒険者のうち何人かが彼を王立病院の中で見たというのだから、もう誰も隠しようがなかったのである。    中でも取り乱したのは、言うまでもなくマルコさんだった。     「俺は王都にいって、あいつをぶん殴ってやらなきゃ気がすまねえんだよ!!」  と、マルコさんは顔を真赤にして激怒した。親友である自分に何も報せずに街を去ったことに、どうしても納得がいかなかったそうだ。     「気遣いなんていらねえんだよ! なんでも言ってくれるのが親友ってもんだろ!!」  そう叫んだ彼が王都の方へ向かおうとするのを、冒険者たちにまじって、私も魔法を使って全力で止めた。  大勢の人の手によって、彼は街にとどまることになったが、その日以来、荒れた日々を送ったのはしょうがないだろう。      だが、数日後のことだった。  ぼさぼさ頭に無精髭のマルコさんが突然『ポム』にやってきたかと思うと、この日たまたまお店にいたマルクラスさんの前で座り込んだのである。     「お願いします!! 俺に『クエスト』の出し方を教えてください!!」  冒険者を引退したマルクラスさんは街にいる冒険者たちの世話をする傍ら、ギルドでのクエストを管理するお仕事もしている。  どうやらマルコさんは、何らかのクエストを冒険者たちに依頼したいようだ。  急に頭を下げてきたマルコさんにびっくりしたマルクラスさんは、ポークカレーを食べる手を止めて言った。     「頭をお上げなさい。クエストを出したいなら、内容を言ってもらえれば、明日にでもわしがギルドへ行って、申請してあげよう」 「本当ですか!?」  マルコさんが急いで顔を上げると、マルクラスさんはニコリと微笑む。 「ありがとうございます!」  マルコさんがマルクラスさんの両手を強く握りしめると、マルクラスさんはゆっくりとその手をほどきながら問いかけた。     「ところでどんなクエストを望んでいるのかね?」 「それは……。『月のかけら』って宝石を採取してきて欲しいんです!」 「ほう。『月のかけら』を」 「ええ、そいつを使ってアクセサリーを作るのが、あいつの夢でしたから」 「なるほどね……。クエストの報奨金は依頼者が出すことになっているからね。それを忘れてはならんよ」  ほんの少しだけマルクラスさんの声が暗い。  マルコさんもそれに気づいたようだ。     「お願いします! 金ならいくらでも出しますから!」  と必死に頭を下げている。  するとマルクラスさんは、心配かけまいとしたのか、再び笑顔になって答えた。     「とにかくギルドに出してみようじゃないか。話はそれからだ」 「はいっ! ありがとうございます!」  マルコさんはぱっと明るい笑顔になると、軽い足取りで店を後にしていく。  彼の姿が完全に見えなくなったところで、オンハルトさんがマルクラスさんに『弁当』を差し出しながら言った。     「……本気かい?」 「やってみなければ分からないことばかりだからのう」 「諦めるってことも同じか……。むごいな」 「ああ……。そうじゃな……」  そう言い残して、マルクラスさんも店を後にしていった。  私はただその様子を見ることしかできなかった。  何を口に出したらよいか分からなかったというのもあるが、それ以上に、これから起こるであろう出来事を思うと、胸が張り裂けそうだったからだ……。      そしてさらに数日後……。  私の予感は的中した。     ――マルコの出したクエストが却下されたらしいぞ。 ――なんでも幻の宝石『月のかけら』は未発見のお宝だから、かけられた報奨金がバカ高いんだとさ。 ――とてもじゃないが、マルコが払える額じゃねえな。 ――マルコも『どうにかなんねえか!』と何度もかけあったようだが、『規則』でどうにもならなかったらしい。 ――可愛そうに……。マルコはそれ以来、店にも外にも出てこれないくらいに落ち込んでいるそうじゃねえか……。  街のいたるところで、そうささやかれ始めたのだ。  そしてそれは単なる噂話でないことは、この日の夜にマルクラスさんの口から聞いたのだから間違いない。     「どうにかならないのかしら……?」  まかないを頂いている最中に私はオンハルトさんにたずねたものの、彼は首を横に振るばかりだ。     「そもそもあるかないか分からないお宝を探す旅に、貴重な冒険者を送り出したくねえのさ。今の国王はよ」 「えっ?」 「冒険は本当は『ロマン』がなきゃなんねえ。でもよぉ。今の国王は『ロマン』よりも『現実』を取ってる。だから、未開の地の開拓や、未発見のお宝探しのクエストの報酬額を引き上げているんだよ。簡単にクエストを出させないようにな」  話の内容以上に、オンハルトさんの国王に対する憎悪の念が深いことに驚いてしまった。  きっと二人の間に何かあったに違いない。  だからあの時……。     「もう食べたなら早く家に帰りな。お袋さんが心配するからよ」 「え? あ、はい! ごちそうさまでした」  オンハルトさんはこれ以上話を続けることを望んでいないようだ。  そう察した私は、空になった食器を片付けると家路についたのだった。   「もうどうにもならないのかな……」  そう夜空にまたたく星につぶやく。     「願わくば、マルコさんの望みをかなえて欲しいのだけど……」  どうにもならないのは分かっていながらも、口をついて出てきたのは、一つの願いだった。  だが、私は知らなかったのだ。      この後、マルコさんとレアンドロさんの友情の絆が、大きな奇跡を生むことを――              
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