りんご飴が食べれない【人ごみコンテスト応募作品】

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「くっそ手札わりぃな」   使い古したスマホでシャド〇バースをしながら僕はつぶやいた。  なんだよこの手札、コスト6以下1枚もこねーじゃねーか。レート戦に限って運悪いんだよな。でも確率ゲーだししょうがないから手札交換するか。まあ3枚とも交換するときって大体いいの来ないんだけど。   愚痴を言いながらも『決定』をタップしようとしたとき、画面が固まった。   ピコンッ!   と、スマホの通知音が鳴る。画面の上からにょきりと文字が生えてきた。誰だよこんな時に、こっちはレートポイントがかかってるんだぞ。 「今日の花火大会くる?」   送り主は山ちゃんだった。山畑国彦。彼の本名はそれだ。バリバリの陸上部でいわゆる『陽キャ』なのに僕みたいな帰宅部のエースに声をかけてくるなんて、恐怖さえ感じる。お前らが好きな行事ものの楽しさを僕みたいな日陰の存在に強要するのはやめてくれ。   僕はそんなふうに思っていた。でも山ちゃんは違った。強要もしないし、恐喝もしないし、「これ〇〇まで持っていって」と昼休みにパシりとして僕を使うこともない。ただ誘ってくれる。それだけで僕がクラスの輪から外れることを防いでくれた。教室のはじっこで呼吸をしているだけの僕には、クラスの中心にいる山ちゃんの姿はとてもまぶしかった。    たったひとりの友人と呼べる山ちゃんの誘い。さすがに断るのもどうかな。これから先の関係を考えると、断る選択肢はないよな……いやある。   山ちゃんの一番いいところはなんといっても、断っても僕の心理的負担が少ないことだ。誘いを断ったとしても、次に会ったときにぎくしゃくしない。むげにしたって何の問題もないのだ。それが山畑国彦の一番の長所だ。僕が彼をプロデュースするなら、開口一番にそれをいうだろう。誘いを断る返事をしようとしたとき、   ピコンッ!   もう一度、通知音がした。画面の上から再び文字が顔を出す。 「麻里とか女子も何人かいるってさ」   マジですか……。そうなるといろいろとかわってきますね。どうしましょうか。   渡辺麻里。中学2年の春、一緒のクラスになった女の子。僕の覚えている範囲では初恋だと思う。べつに交差点の角でぶつかってとか、転校したその日にお互いが一目ぼれとか、実は昔に許嫁として契約していたとか、そういったことは一切なかった。けれども彼女は、英語の時間でペアになったとき、僕の下手な英語を笑って許してくれた。人と話すときに緊張して、言葉がつっかかってしまう僕のへたくそな英語を、彼女はただ笑って「ゆっくりでいいよ。光太くんのペースで」そう言ってくれた。ただそれだけだ。それだけで僕は恋に落ちてしまったのだ。我ながらカンタンな男だなと思う。   しかし困った。ここですぐに「じゃあいくわ」なんて返信をしてしまったら、麻里さん目当てということが山ちゃんにばれてしまうではないか。いやー困ったもんだ。ここは少し細工をしないといけない。 「山ちゃんの他に男子って誰来るの?」   これだ。男子の誰が来るのかを聞く。このワンクッションがあるかないかで随分と印象が変わってくるはずだ。    すぐに返信が来た。 「今のところ俺とヒデだけだよ」   ヒデか。戸田秀人(ひでと)はクラスの中でもかなりの秀才として一目置かれている。僕にとっては部活動をしていない数少ない同志でもある。だから帰りに顔を合わせることも多い。まあヒデの場合は家じゃなくて塾に向かうわけだけど。 「分かった。どこ集合?」 「6時に北公園で」 「了解」   山ちゃんの誘いを快諾してから、シャド〇バースの画面に戻ると体力の半分以上が削られていた。ちくしょう、山ちゃんのせいだぞ。   貴重なレートポイントを失ったことを不服に感じながらも、僕はスマホの電源を切った。せっかくの花火大会だ。すこしはオシャレな服で挑まなければいけない。僕はお気に入りのベージュのチノパンに、大きなロゴのはいった白シャツを着て、玄関に走った。時刻はもう5時半をまわっている。通いなれた通学路の途中にある北公園までは自転車で20分ほどかかる。まだ余裕はあるけど、なぜか僕は急いでいた。玄関を出て、何百回と通った道を僕はマウンテンバイクで走った。数日前に過ぎていった台風のせいか、空気は湿っている。  毎朝、憂鬱とペダルを一緒に踏みつけながら走るこの道を、僕は初めて清々しいと感じた。 
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