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人ごみ狂騒曲
空が不機嫌な顔をしていると思ったら、案の定、すぐに泣きだした。
(まるで女心のようだねえ)
6月の空を眺め、降り出した雨に、新妻雅34歳は、窓際で黄昏れていた。
時刻は16:00。今日も一日が終わろうとしていた。
「今日もお客さん、来ませんでしたね」
「だね。ぼくも泣きたくなってきたよ」
振り返らずとも、声の主が誰かは分かる。
我が新妻探偵事務所の、従業員で、事務員で、秘書である、樹原愛理、25歳。
整った顔立ちと透き通るような白い肌、ボブカットを少し短くしたような黒髪が、小さくて整った顔を覆ってる。
……従業員は、彼女しかいないからね。
「泣くのはやめてください。キモいので」
お客様には有能で愛想のいい事務員力を発揮するが、ぼくにはごらんの通り、冷たいものさ。
え? 樹原くんの対応は当然だって? まあそれは置いといて。
冷たいといえば、ほくには少し変わった力があってね、人の"嘘"がひんやり冷たく感じるんだ。
自分に向けられた"嘘"限定だけど。例えるなら、雪女が首元で、ため息をつく感じかな。雪女には会ったことないけどね。
……ところで、どうして君は、首を押さえているのかな? え? 首元がひんやりした?
「所長、誰と話しているんです?」
樹原くんの"冷ややかな"視線も受けたし、この話はおしまい。
余談だが、ほくは、彼女を『樹原くん』と呼び、彼女はぼくを『所長』と呼ぶ。
「ところで所長、前々から疑問だったんですけど」
書類をクリアファイルに入れながら、樹原くんが、珍しく遠慮がちに訪ねてきた。
「なんだい?」
「この事務所の家賃って、どうされてるんですか?」
至極ストレートな質問だ。
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