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もうダメか。そう思った途端、急に──人々の動きがとまった。
みんなが我に返ったかのように、きょろきょろと辺りを見回し、ざわつき始めた。
「所長、よかった……大丈夫でしたか?」
群衆に紛れて、瞳を潤ませた愛理くんが、駆け寄ってきた。
「……ああ、おかげさまですね。しかし、これは一体?」
愛理の小柄な体を抱きしめて、辺りを見回すと、群衆の奥から、気まずそうに姿を見せた1人の男、前野良輝。
「先生、警察を呼んだので……その、申し訳、ございませんでした」
何が起こったのか分からないまま、ぼくは呆然と立ち尽くすしかなかった。
結論から言えば、群衆の正体は、善良な一般市民だった。
最近この辺りで、事故やひったくりが頻発していたのは、霊媒体質、前野良輝のせいだ。
理由は定かではないが、毎年6月になると、"よくないもの"を呼び寄せてしまう体質らしく、彼はそれを封じたお札を、特定の神社に封印していた。
ところが、今回そのお札を、新妻探偵事務所ビルの屋上で落としたらしく、それが"よくないもの"を引き寄せるキッカケになった。
集まった悪意に憑依された人々が、封印されたお札を奪還すべく、この場所を襲撃したわけだ。
初日に黒い靄が見えていたのは、"よくないもの"が集結し、力を蓄えていたそうで、完成した結果が、アレである。
愛理……ごほん。樹原くんは、屋上へ逃げた時、地面に落ちていた札を発見したらしい。
ロクに光もない深夜の屋上で、何もなしに、ぺらぺらの札を発見したのかって? もちろん不可能だ。
事務所から逃げる時、不思議な白い光に包まれて、導かれるように屋上に向かい、札を見つけることができたそうだ。
導かれた光に『破って』と言われ、そのまま破いたら、事態は終息した。
彼女の言葉に"嘘"がないことは、勿論分かっているよ。首筋なんて触らなくてもね。
後に聞いた話だが、封印されたお札を破ることによって、"それ"は霊媒者に還るらしく、彼は更なる不幸に見舞われることとなる。らしい。
不思議な白い光。もしかして神米? まさかね。
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