人ごみ狂騒曲

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 名の通り、ここは探偵事務所。  2階建てビルの1階に、テナントとして入っている。  ちなみに2階は上野クリニック。1つ上野……もとい、1つ上を目指す、男のクリニックだ。  自社ビルでない以上、テナント料(家賃)が発生する。樹原くんが、資産家でもないぼくの懐を案じて──もとい、疑うのは当然といえる。 「もちろん払っているさ」  樹原くんと真っ直ぐ向き合って答えた。 「所長、視線が泳いでます」  鋭い。さすがに探偵秘書だけはあるね。 「こんなの探偵じゃなくても分かります」  追伸・心を読まないでほしい。 「……家賃だろ? 払ってるよちゃんと」 「聞いちゃけいないこと聞くなよオーラ全開ですね」 「まあ、正確には、払ってるのはお金じゃない。妖怪・ヤチーン・バイ・ニ・スルゾ(大家)には、体で払ってるんだよ」 「……」 ガタッ! 「き、樹原くんっ! 待ってくれ! 誤解だ! そうじゃない」  カッターナイフを構えて、にじり寄ってくる彼女を、なんとかなだめようとする。 「5階? このビルは2階までしかありません」 「ちがっう! そういう意味じゃない! 肉体労働とか、そういうことだよ」  動揺して、ますます誤解を招きかねないことを口走る。  樹原くんとの距離が、じわじわ縮まる中、不意に、探偵事務所の扉が開いた。  お客さんか!? 助かった。神様ありがとう! 「誰が妖怪だって!? 家賃倍にするよ!」  神は神でも死神だった。 「あら大家さん。こんばんわ」  カッターナイフを瞬時に収納し、鬼の形相を営業スマイルに切り替える。 「これはこれは、大家さん。あなたの顔が死神……じゃかった、神に見えましたよ」  この方は、ビルの所有者、奥村博美さん。77歳。 「神? なんの話だい? 意味がわかんないね、家賃倍にするよ!」  この通り「家賃倍にするよ」が口癖なのだ。
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