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「ご用件は?」
若い男性が、こんな場末の探偵事務所に珍しい。
「あの……お願いがありまして」
「はい? ですから、ご依頼をどうぞ」
「違うんです。あの、ここで働かせて欲しくて」
「おやめなさい」
即答した。樹原くんの時もそうだったが、ほくは求人も出していないし、人手も困っていない。何より人を雇う余裕はない。
「いえ、ここで働きたいんです。あなたを尊敬しているんです!」
「人違いです」
「新妻雅さんですよね?」
「新妻雅と申します」
「偽名じゃないですか!」
あっさり見破られた。
「だめだよ。人を雇う余裕なんてないし、君も人生を棒に振ることはない」
「お力になりたいんです。先生、今困ってますよね、この近隣で起こっている、謎の人だかりと、よくないことの事件──解決に、力になれると思うんです」
なぜそれを?
しかし探偵には、秘密を守る義務がある。大家さんに頼まれた仕事た。第3者にペラペラと漏洩できない。
「謎の人だかり? なんのことだい?」
「放っておくと、大変なことになるんです。だから、自分を──」
「所長はお断りするとおっしゃってます。大変申し訳ございませんが、お引き取りを」
表情こそにこやかだが、樹原くんの射るような視線と、底冷えのする迫力に、前野は席をたち、頭を下げた。
「自分は、諦めないですからね」
謎の宣言を残し、なぜかキッ! っと樹原くんを睨み、去っていった。
「なんだったんだろうね、彼は」
「……さあ」
樹原くんは、意味深な視線を送りつつ、ぽつりとそれだけを、つぶやいた。
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