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そう。暗くてハッキリ分かるわけではないが、彼らは誰も喋っていない。
これだけの人間が密集しているにも関わらず、誰も会話をしていないのだ。
「樹原くんにも見えてるということは、ぼくがおかしいわけじゃ、ないんだね」
「所長が、変なものでも呼び寄せたんじゃないですか?」
いつもの射るような視線が、痛い。
「そんなつもりはないんだけど……嫌な感じがするよ。樹原くん、君はここにいなさい」
樹原くんを手で制して、扉に向かう。
「所長、まさか外に出るつもりですか? 危険です」
珍しく感情的になった彼女が、スーパーの袋を落としたようだ。
缶コーヒーとか、ラーメンが入っていた。差し入れを持ってきてくれたみたいだ。
「ぼくに何かあったら、裏口の非常階段から、屋上に逃げなさい」
屋上に行けば、屋根伝いにどこへだって逃げられる。
所長! と叫ぶ樹原くんの声を背に受け、颯爽と立ち向かっていくぼくは──昔からこういうヒーローに、憧れていたんだ。
外に出ると、人ごみの群衆はいっせいにこちらを見た。
みな、虚ろな表情で目に光がない。着ているものも、スーツだったり、私服だったり、パシャマだったりとバラバラだ。
「君たち! こんな時間に、何故群がっているんだ! 営業妨害だぞ!」
と言ってみたところで、営業時間は終わっているうえに、妨害されるほどの営業をしておらず、ちょっと虚しくなった。
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