人ごみ狂騒曲

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「……」  群衆は、みな示し合わせたかのように、新妻探偵事務所に歩き出す。無言で、そして無表情で。 「お、おい、止まれ!」  一足先に事務所に入り、扉を閉める。群衆は、構わず押し寄せてくる。  入り口のドアは手動なのだが、彼らは『開ける』という行為はせず、ガラス扉にベッタリと顔や手を押し付けてくる。  その光景は、さながらゾンビ映画だ。  扉かミシミシと軋みを上げる。まずい、このままたと壊れてしまう。そして何より、樹原くんが危ない! 「樹原くんっ、逃げろ!」 「でも所長は──」 「いいから! 君だけは絶対に、ぼくがまもる! 君がここで働くと決まった時から、そう決めたんだ!」  カギをかけてはいるが、多勢に無勢。扉はミシミシと音を立てて、いまにも突破されそうだ。 「私も残ります。所長がいなきゃ、私だけが残ったって、何の意味もないんです!」 「いいから行け、愛理っ! 所長命令だ!」  愛理は、ぐっ。と下唇を噛みしめて、裏口へ走った。  何とか粘る。扉を背に、両手で扉を押さえ、下半身に力を入れて、ふんばる。せめて愛理が逃げるまでは、ここは通さない──  しかし一個人の限界、ついに──扉は突破された。砕かれた扉、押し寄せる群衆。
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