68人が本棚に入れています
本棚に追加
「……」
群衆は、みな示し合わせたかのように、新妻探偵事務所に歩き出す。無言で、そして無表情で。
「お、おい、止まれ!」
一足先に事務所に入り、扉を閉める。群衆は、構わず押し寄せてくる。
入り口のドアは手動なのだが、彼らは『開ける』という行為はせず、ガラス扉にベッタリと顔や手を押し付けてくる。
その光景は、さながらゾンビ映画だ。
扉かミシミシと軋みを上げる。まずい、このままたと壊れてしまう。そして何より、樹原くんが危ない!
「樹原くんっ、逃げろ!」
「でも所長は──」
「いいから! 君だけは絶対に、ぼくがまもる! 君がここで働くと決まった時から、そう決めたんだ!」
カギをかけてはいるが、多勢に無勢。扉はミシミシと音を立てて、いまにも突破されそうだ。
「私も残ります。所長がいなきゃ、私だけが残ったって、何の意味もないんです!」
「いいから行け、愛理っ! 所長命令だ!」
愛理は、ぐっ。と下唇を噛みしめて、裏口へ走った。
何とか粘る。扉を背に、両手で扉を押さえ、下半身に力を入れて、ふんばる。せめて愛理が逃げるまでは、ここは通さない──
しかし一個人の限界、ついに──扉は突破された。砕かれた扉、押し寄せる群衆。
最初のコメントを投稿しよう!