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桃side
「よし。これで朝のホームルーム終わるぞ。日直、ちゃんと黒板消しとけよ」
土方先生が教室を出て行った途端、クラスの中が急に賑やかになる。
私はすすんで誰かと話すわけではないけれど、こういう教室の雰囲気が実は好きだったりする。
本当はおしゃべりの輪に入りたいけど……やっぱり無理っ。
そんなことを考えながら、机の上に数学の教科書とノートを広げた時——不意に声を掛けられた。
「昨日は悪かったな。それ、まだ痛むか? 」
「……え? 」
「いや……だから、その傷……」
隣の席のちょっと怖い人———岡田君が私の膝に貼られた絆創膏を躊躇いがちに指差している。
その姿は怖いというよりも、ちょっと可愛い。だって、岡田君、物凄く申し訳なさそうな顔をしてるんだもん。
「あ、これは違うの。さっき転んで擦り剥いちゃったんだ。昨日の傷じゃないの」
「……そうか」
「うん、あのね。私こそ、昨日はごめんなさい」
「どうしてお前が謝るんだ? 」
「ぼーっとしてて、ちゃんと前を向いてなかったの私だから。不注意でぶつかったりして、本当にごめんなさい」
「いや。俺もぼーっとしてた。悪かった」
小さな沈黙。でも、嫌な沈黙じゃない。男子とこんな風に話すのって、あんまり慣れてないからちょっと変な感じがするけど……嫌じゃない。
この沈黙を破ったのは岡田君の吹き出すような笑い声だった。
「ふっ……ははっ。なんか両膝に絆創膏って小学生みたいだな」
一体何がツボだったのか……。口元を隠しながら、彼が肩を震わせている。
「笑うなんて、ひどい……」
「悪い。ははっ。両膝に絆創膏って……あははっ」
「……ねぇ。笑いすぎじゃない? 」
「しょうがないだろ。ツボにはまった。あははっ」
「う〜……」
怖いのか。怖くないのか。彼はとっても不思議な人だ。
彼のクスクス笑いがおさまってから、私たちは改めて自己紹介をした。
「岡田 陸」
「花宮 桃です」
「陸って呼び捨てでいい。君付けされるのは好きじゃない」
「そうなんだ。じゃあ、私のことも桃でいいよ? 」
男の子を呼び捨てにするなんて初めてかもしれない。なんだか、ドキドキする……。
「陸。よろしくね」
「あぁ」
そう言って笑った陸は、ちっとも怖くなんかなくて……。その優しい笑顔に少しだけ見惚れている自分がいた。
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