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奏士side
目を開けなくても分かる。この匂いは保健室だ。静まり返った空気……相変わらず落ち着く。ここなら、何時間でも眠れそうだ。
それにしても、今って何時なんだろう。ゆっくりと目を開けて腕時計に視線を移す。どうやら今は4時限目らしい。
空腹を感じているのも頷ける。ただ何時間も寝ていただけなのに、人間ってこういうところが不便だと思わない?
「やっと、お目覚めか? もう、昼だぞ」
不意に聞こえたその声は、高杉先輩? また授業をサボってるわけ?
僕は小さく息を吐くと、シャッという音と共にカーテンを開けた。
隣のベッドで寛いでいる高杉先輩は、まるで自分の部屋にでもいるみたいだ。
手には愛読書の漫画。この人は、ここが学校だって分かってるのかな。
「受験生のくせに、サボってて大丈夫なの? 」
「あ? まだ4月だぞ。それに、俺様は剣道で推薦を頂くつもりだから大丈夫だ。
その為にガラでもない副部長をやってるんだ。漫画くらいゆっくり読んでたって構わないさ」
推薦ね。いくら副部長でも、こんなとこでサボってる人が、推薦なんて貰えるのかな。
まぁ、推薦がダメでも、うちの高校は大学の付属だから何とかなる。そう返されるのは分かっているから、これ以上は追求しないけどね。
高杉先輩が推薦を貰えなくて泣いても、僕には一切関係ないことだし。
「それよりお前。後でちゃんと謝っておけよ? 」
「え、誰に? 」
「花宮 桃に決まってるだろっ」
「桃ちゃん? 」
「倒れたお前を支えたせいで、両膝に怪我してたぞ。女の子なのに、痕が残ったらどうするんだ。責任取れるのか、お前」
まだぼんやりとした頭で、今朝の出来事を回想する。
そっか。あの時、桃ちゃんに怪我させちゃったのか。悪いことしちゃったな……。
朝練の時、調子が出なかったのは、体調が悪かったのが原因だったんだ。
本人の僕が気づいていなかったのに、ちょっと顔を見ただけで桃ちゃんは気づいてくれた……。なんだか不思議な気持ちだな。
「沖田先輩、カッコいい」って言葉は聞き慣れてるけど、「沖田先輩、体調悪いんじゃないですか? 」なんて、体調を気遣う言葉を掛けてもらったのは初めてだった。
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