恋する士英館高校

12/89

52人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
奏士side 目を開けなくても分かる。この匂いは保健室だ。静まり返った空気……相変わらず落ち着く。ここなら、何時間でも眠れそうだ。 それにしても、今って何時なんだろう。ゆっくりと目を開けて腕時計に視線を移す。どうやら今は4時限目らしい。 空腹を感じているのも頷ける。ただ何時間も寝ていただけなのに、人間ってこういうところが不便だと思わない? 「やっと、お目覚めか? もう、昼だぞ」 不意に聞こえたその声は、高杉(たかすぎ)先輩? また授業をサボってるわけ? 僕は小さく息を吐くと、シャッという音と共にカーテンを開けた。 隣のベッドで寛いでいる高杉先輩は、まるで自分の部屋にでもいるみたいだ。 手には愛読書の漫画。この人は、ここが学校だって分かってるのかな。 「受験生のくせに、サボってて大丈夫なの? 」 「あ? まだ4月だぞ。それに、俺様は剣道で推薦を頂くつもりだから大丈夫だ。 その為にガラでもない副部長をやってるんだ。漫画くらいゆっくり読んでたって構わないさ」 推薦ね。いくら副部長でも、こんなとこでサボってる人が、推薦なんて貰えるのかな。 まぁ、推薦がダメでも、うちの高校は大学の付属だから何とかなる。そう返されるのは分かっているから、これ以上は追求しないけどね。 高杉先輩が推薦を貰えなくて泣いても、僕には一切関係ないことだし。 「それよりお前。後でちゃんと謝っておけよ? 」 「え、誰に? 」 「花宮 桃に決まってるだろっ」 「桃ちゃん? 」 「倒れたお前を支えたせいで、両膝に怪我してたぞ。女の子なのに、痕が残ったらどうするんだ。責任取れるのか、お前」 まだぼんやりとした頭で、今朝の出来事を回想する。 そっか。あの時、桃ちゃんに怪我させちゃったのか。悪いことしちゃったな……。 朝練の時、調子が出なかったのは、体調が悪かったのが原因だったんだ。 本人の僕が気づいていなかったのに、ちょっと顔を見ただけで桃ちゃんは気づいてくれた……。なんだか不思議な気持ちだな。 「沖田先輩、カッコいい」って言葉は聞き慣れてるけど、「沖田先輩、体調悪いんじゃないですか? 」なんて、体調を気遣う言葉を掛けてもらったのは初めてだった。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加