恋する士英館高校

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気配りなんて……。私、そんなこと全然出来ないのに、どうしてこんなことになっているんだろう。 というか、この入部届け……もう、私の名前が書いてあるのは何故なんだろう。 「あ。それか? お前に手間を掛けさせない為に、俺様が書いておいてやったぞ。感謝しろよ? 」 高杉先輩が満面の笑みで、名前の欄を指差している。 書かれているのは、もちろん私の名前。それにしても、すごく綺麗な字で正直びっくり。 「花宮 桃っ。頼むから入部してくれ」 勢いよくその場に座り込んだ高杉先輩が、唐突に頭を床につけた。 「え? 先輩、土下座なんてやめてくださいっ」 「やめない。お前が入部すると言うまで、俺様は決して頭を上げないぞ」 「そんなー……」 高杉先輩の隣に座って体を起こそうとするけれど、力では敵わない。 制服を着ていると細く見えるのに、どうしてこんなに力が強いの? 「無理はしなくて大丈夫だからね」 高杉先輩を挟んだ向こう側に、坂本先輩が涼しい顔で屈み込む。 「何言ってんだっ。マネージャーがいないと困るだろうがっ」 「そうだけど。嫌がる子を無理に入部させても、長続きしないよ。花宮さんだって、他にやりたいことがあるかもしれないだろ? 」 目の前で言い争いをしている2人に、なんだか居た堪れない気持ちになってくる。それに、中庭にいる生徒達の視線も痛すぎる。 致し方ない。この2人の言い争いを止める方法を、私はひとつしか知らない。 「あ、あのっ。私、やります。やりたいことも、入部したい部活もないので……剣道部のマネージャーやりますっ」 右腕を空に向けて真っ直ぐに伸ばす。 授業中に発言する時ですら、こんなに勢いよく手を挙げたことなんてないと思う。そもそも、発言するの苦手だしね……。 「え? 本当にいいの? 花宮さん」 「はい。お力になれるかは、分からないですけど……。やると決めたからには、精一杯やらせて頂きます」 「よく言った。花宮 桃っ。これで、奏士もやる気を出してくれるはずだ。良かったな、龍世」 「良かったよ、郁人」 先輩たちは、生き別れていた家族と何十年か振りに再会した様な雰囲気で硬く抱き合っている。えーっと……。これは一体……。 「よしっ。入部届は俺様が直々に土方先生に手渡しておいてやる。それでいいな? 花宮 桃」 「あ、はい。よろしくお願いします。ところで、奏士って沖田先輩のことですよね? 」 「あぁ、そうだ。あいつが自分から心を開いたお前を、俺たちが放っておける訳があるまい。奏士のことは頼んだ」 高杉先輩に強めに肩を叩かれた痛みで、思わず背筋がピンと伸びる。 「は、はい。頑張りますっ」 なんだかよく分からないうちに、剣道部に入部することになってしまった。でも、これで良かった気がするのは、私だけかな。
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