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桃side
「ねぇ……あれって。もしかして、岡田? 」
「え? どこ? 」
美羽ちゃんが指差した方向に視線を向けると、なんだか賑やかな雰囲気で、陸が沢山の女の子たちに囲まれている。
見たところ1年生だけじゃなくて先輩もいるみたい。
「本当だ。陸が女の子といるなんて珍しいね。あんなに沢山……誰なんだろう。何かあったのかな」
「ふむふむ。なーるほどね」
「え? なるほどね? 」
「あれだよ、あれ。昨日の沖田先輩との打ち合いを見た女子達が、岡田のファンになったってことでしょ。
確かにあの打ち合いは凄かったもんね。岡田の株が急上昇しちゃうのも納得だよ」
なるほど。結果としては沖田先輩に負けちゃったけど、陸がとっても格好良かったからファンが出来たんだ。
え? それって凄いことなんじゃない? 凄いよ、陸っ。
「桃。このままだとあの中の誰かに取られちゃうよ? 」
「え? 取られちゃうってなんのこと? 」
「え? じゃないよっ。好きなんでしょ? 岡田のこと」
全く予想をしていなかった美羽ちゃんの言葉に、理解が追いつかない私は思わず首を傾げる。
「ねぇ、美羽ちゃん。どうしてそんな発想になったの? 」
「どうしてって……そんなの見てたら分かるよ。岡田といる時の桃はすっごく楽しそうだもん。
そもそも、男子とあんなに話してる桃を私は見たことがありません。つまりはそういうことでしょ? 」
美羽ちゃんの言うことは最もだ。私には男友達なんていう存在は今まで1人もいなかった。それは、小さい頃からずっと男子が苦手だったから。
男子って声が大きいし、動きも激しいし、何かあるとすぐにからかってくるし……。そういうのが凄く怖いと思ってたのは私だけかな。
高校に入学して、陸と仲良くなったからといって、男子への苦手意識が全く無くなった訳じゃない。
今でも不意に距離が近づいたり、会話しなきゃいけない時に緊張するのは変わらない。
「うーん。確かに、陸には緊張したりしないし、一緒にいると楽しいし、笑ってくれると嬉しいけど……。これって好きって言うのかな」
私の問いかけに美羽ちゃんが盛大に息を吐く。
「世間では、そーゆーのを好きっていうんだよ? 桃ちゃん」
美羽ちゃんが小さな子どもに話しかけるみたいに、私の頭をぽんぽんしてくる。
ううっ。そんなこと言われても、恋愛経験ないから分かんないよ。
だって、一緒にいて楽しいのは一樹くんも同じだし。笑うと嬉しいのは、普段が無愛想だからって気もするんだよね。
「好き」にも色々と種類があるでしょ? 私が陸を想う「好き」って気持ちは、他の人を想う「好き」と何か違うのかな……。
うーん。恋って難しい……。
「お前ら、まだ教室に入ってなかったのか? こんな所で何をこそこそ話してる 」
背後から聞こえた声に慌てて振り返ると、出席簿と日誌を抱えた土方先生が立っていた。
眉根を寄せたその表情は、小さい頃から何度も見てきたから分かる。土方先生、今とっても呆れてる。
「土方先生っ」
「やだなぁ、先生。盗み聞きとか趣味悪〜いっ。いつからそこにいたの? 」
「何も聞こえてねぇよ。俺はたった今この場所に来て、お前達に声を掛けた。それ以上でもそれ以下でもない。
ほら、2人ともさっさと教室に入れ。廊下でウロウロしてんのはお前達だけだぞ。さぁ、ホームルーム始めるぞ。日直、号令っ」
土方先生に背中を押されて教室に入る。隣の席には、当たり前の様に陸が座っている。
もうっ。美羽ちゃんが変なことを言うからちょっと気まずい……。
陸は大切な友達なのに、こんなことで変に意識するなんておかしいよね。いつも通り、いつも通り……そう呪文の様に唱えながら、私は陸に向けて笑顔を作った。
「陸、おはよう」
「おはよう、桃。今日は随分と遅かったんだな」
廊下にいる時、私には陸の姿が見えていたけど———女の子に囲まれていたけど、陸は背が高いから頭だけは見えてたんだよね———陸には私の姿が見えてなかったんだ。
そうだよね。気づいてたら、距離が離れていてもきっと挨拶くらいしてくれたはずだもん。
「うん。美羽ちゃんとおしゃべりしてたら、ちょっと遅くなっちゃったんだ」
「そっか。なぁ、英語の予習した? 」
「したよ。写す? 」
「写すっ」
ノートを受け取りながら「ありがとな」と言って笑った陸は、いつもの陸だった。
沢山のファンが出来たって、陸は陸のまま何も変わらないんだ。そのことがなんだか凄く嬉しかった。
私たちは何も変わらないよね? ずっとずっと、友達だよね?
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