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僕は、あの日からずっと、桃ちゃんの可愛い笑顔が頭から離れないのに……桃ちゃんは岡田のことばかり見てる。
はぁ……ツライ。ツライな……」
玉子焼を一口頬張ってから空を見上げる。
空はこんなに青いのに、どんなに眺めていても僕の心はちっとも清々しくなんてならない。
僕は一体どうしちゃったんだろう。
今までこんな気持ちになったことがないから訳がわからないよ。
はぁ。次は何を食べよう。やっぱり、唐揚げかな。うん、美味しい。美味しいんだけど、おかしいな。
どうやら今日の僕は食欲がないみたいだ。
あーぁ。購買の自動販売機でいちごみるくを買ってくるべきだった。失敗、失敗。
「……ご馳走さま。もういらない」
屋上でお行儀良く並んでいるテーブルの上に、お弁当箱をそっと置いて両手を合わせる。
残してごめんなさい。でも、安心してください。残りはここの2人が食べます。はぁ……。
「……ん? どうしたの? 」
「…………」
「…………」
なんだかよく分からないけど、先輩達が同じタイミングで箸を落とした。全く、食事中に何やってるんだか。本当に行儀が悪いなぁ。
「はい、箸。ねぇ、2人とも何ぼけっとしてるの? 」
「奏士っ」
「だから、何? ちょっと、痛いんだけどっ」
坂本先輩が僕の両肩をバシバシ叩いてくる。
この人「俺は繊細な生き物だから」とか言いつつ、何気に力が強いから叩くのは本当にやめてほしい。
「あぁ、奏士がついに本物の恋をするなんて……。俺にとって、今年で1番嬉しい出来事だよっ」
今年でって、まだ半分以上残ってるけどね、今年。
それなのにもう1番を決めちゃうなんて、坂本先輩って意外とせっかちなんだね。
「やったな、奏士。お前も晴れて血の通った人間の仲間入りだ」
ちょっと、ちょっと高杉先輩。腕組みして、神妙に頷いちゃってるけど。僕は前から人間だからね?
血の通ったって……このセリフ、結構、失礼じゃない?
「花宮 桃に心を開いているとは思っていたが、まさかここまでとは気付かなかった。
結局、龍世の思惑通りか。俺様としたことが不覚だった……。
よしっ。そうと分かれば、躊躇うことはない。奏士、さっさと花宮 桃に告白しろ」
「いや、駄目でしょ。先輩は剣道部の掟を忘れたの? 」
「忘れるわけがないだろう。俺様は1年の時にエースを任された男だぞ。
士英館剣道部の男子たるもの、色恋に翻弄されることなく、日々鍛錬に励むべし。
これは揺らぐことのない掟だ」
高杉先輩が拳を空に突き上げて叫んでいる。
そうそう。士英館がずっと名門であり続けているのは、この掟のおかげだって言われてる。
だから僕は色恋に翻弄されたりしない。士英館のエースで居続けたいから。
そう思っていたのに……。今の僕って、もしかして翻弄されてる? まさかね。
「もう誰かと付き合ったりしないって言ったでしょ? 桃ちゃんは……そういうんじゃないよ。うん。そういうんじゃない……」
「そういうんじゃない……って、めちゃくちゃ自分に言い聞かせてるじゃないか。
誰がどう見たって花宮 桃はお前のそういうんだろ。
そもそも、お前は少しくらい浮かれた方がいい。俺様は切実にそう思うぞ」
「何で浮かれた方がいいなんて思うわけ? 」
「お前は強い。けれど、強いが故に、あまりにも非人道的過ぎるんだ。
竹刀を交えるにしても愛は重要だぞ? お前は花宮 桃に、愛というものを教えてもらえ。
愛がお前の剣を必ず強くする。間違いない」
非人道的って……。さっきから、酷い言われようなんだけど。
しかも「愛が剣を強くする」なんて突然ポエムを詠まれても困る。高杉先輩がポエマーなんて知らなかったよ。
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