恋する士英館高校

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「郁人。俺も奏士に話があるんだけど、いいかな」 「あ? もちろんいいぞ。俺様は奏士が残した弁当でも食ってるさ」 美味しく食べてもらって良かったね。なんて、心の中でお弁当に話しかけてから、坂本先輩に向き直る。 さっきまでふざけてたのが嘘みたいに神妙な顔をしてる。なんか怖いな。 「数日前に、次期エースになってほしいと岡田君に伝えたんだ。 俺たちが引退した後。士英館剣道部を引っ張っていくのは、奏士と岡田くんだよ」 「うん。分かってる」 坂本先輩の言葉にしっかりと頷く。 僕だって分かっているんだ。 岡田には凄い才能があることも、気を抜いていたらあっという間にエースの座を奪われてしまうことも……。ちゃんと分かってる。 だから、今のままじゃダメなんだ。 「岡田くんは、剣道部の掟をよく守ってくれてる。1年なのに本当に逞しいよ。そういうところも、奏士とよく似てる」 剣道部の掟。応援してくれる人々を大切にすること。彼女たちの声援は、日々の鍛錬の(かて)となる。 たまにはサボりたくもなる。練習が辛くて、投げ出したくなる時もある。 だけど、そんな時に支えてくれるのは、応援してくれるみんなだ。 「ファンです」と言って声を掛けてくれるのは女の子達だけじゃない。男子生徒だって、学校の先生だって、なんなら、近所のお爺ちゃんお婆ちゃんだってそうだ。 「応援してるよ」「頑張って」そんな言葉や、応援してくれる沢山の人達に僕たちは支えられてる。 士英館という名を背負っている僕たちには重い責任があるんだ。 「奏士は1年間、もがきながら良く頑張ってくれたからね。ご褒美をあげたいなぁって思ったんだよ。 恋愛をしたからといって、奏士が弱くなるはずがない。郁人の言った通り、愛が奏士を強くしてくれるって俺は信じてるんだ。 恋をしたら色々な感情に振り回されると思う。それは、きっと幸せだと感じるものばかりではないよ。 今まで感じたことのないような、黒い感情が湧き上がることもあるはずだ。 それでも、竹刀を持った時は常に冷静でなければいけない。 奏士にとっては修行のように感じるかもしれないね。 だけど、今のままだったら奏士はこれ以上、強くはなれない。僕はそう思う。 長くなってしまったけれど、伝えたいことはただ1つ。花宮さんを自分のものにしたいのなら今がチャンスだと思うよ? 」 そう言ってニヤリと笑った坂本先輩が、僕の口に甘い卵焼きを放り込む。 羊の皮を被った狼。この人はそういう人だ。 優しくて、穏やかで、冷静で……いつも、物事を正しく判断して、正しい道へと導いてくれる。 だけど、心の中にはちょっと黒い部分も隠し持ってて、いざという時にだけ、それを使うんだ。 こんな曲者(くせもの)ばかりの部を立派に纏め上げてる坂本先輩は、本当に凄い人だって思う。 僕に、この人の役目が勤まるのかな……。 「その顔怖いよ。部長」 「そうかな。女の子達には結構人気なんだけど」 「へぇー。まぁ、分からなくもないけどね」 「そうだろう? 花宮さんが俺の笑顔に恋しちゃう前に、さっさと付き合うこと。分かったか? 」 「はいはい。頑張りまーす」 僕は、坂本先輩にくしゃくしゃと髪を撫で回されながら、頼りになる先輩がこうして近くにいてくれるって幸せだな。そんなことを考えていた。
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