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「ちょっと桃っ」
「え、美羽ちゃん? 」
きょとんとした顔でこちらを振り向いた桃のおでこに、超絶痛いデコピンをお見舞いする。
「えっ……いったーいっ。何で? 美羽ちゃん、酷いよ」
「酷くないっ」
「え〜? 一樹君、どういうこと? 」
赤くなっているおでこをしきりにさすりながら、桃が一樹に助けを求めている。
そんなことしてもダメですっ。
「美羽。やり過ぎだよ。桃、大丈夫か? 」
「ううっ。大丈夫じゃない。痛い」
「痛いのは岡田でしょ?
沖田先輩と桃が一緒に帰ってるところを見たら変に勘違いしちゃうかもしれないじゃない。
どうして簡単に2人で帰る約束なんてするのよ‼︎ 」
「美羽ちゃん、怒らないでよ。陸は私と沖田先輩が一緒に帰っても気にしないよ。だって、陸と私は友達だもん。
それに、陸にはあんなにたくさんファンの子がいるんだよ? 私が誰と帰っても気づかないかも」
桃が視線を向けた先では、岡田と取り巻きの女の子たちが弾けるような笑い声を上げている。
もっとも、岡田は楽しそうな女の子達を優しい表情で見つめてるだけって感じもするけど……。
とにかく、許せない。
「仕方ないのは分かってるんだけどさ……陸が遠くに感じるよな。
前は、俺たちしょっちゅう一緒にいたのに。最近じゃ、あの子たち優先だもんな」
一樹が小さくため息をつく。何? 何なの? このダークな空気はっ。
そもそも、岡田を取られたことにモヤモヤしてる暇があったら「俺もあれくらいモテたいな」って闘争心を燃やしなさいよ。
やる気を出すんだ、一樹‼︎
「ファンがたくさんいるのは、沖田先輩だって同じじゃない」
「まぁ……そうだね」
「沖田先輩と一緒にいるとこを見られて、ファンの子に嫌がらせされたらどうするの? 」
そういう話、ドラマやマンガだけじゃなくて、現実でもよくあるじゃない?
桃がそんなことに巻き込まれたらって考えたら、居ても立っても居られないよ。
「それは無い」
「は? 」
妙にキリッとしている一樹に、ちょっとイラっとする。
「沖田先輩は1年の時からファンが大勢いたけど、女の子同士のトラブルは1度もないって坂本先輩が言ってたんだ。
沖田先輩はファンを凄く大切にしてくれるから、彼女たちも沖田先輩を大切にしてくれる。
恋人が出来たら応援するし、別れたら励ます。そうやって、支え合ってるんだって。
沖田先輩はエースとしての役目を懸命に果たしてくれるから心強い。そう話してくれたんだ」
エースの役目? それが?
「てことは。陸があの子たちを優先するのは、エースとしての役目ってこと? 」
桃の言葉に一樹が何度も頷く。
「陸は間違いなく1年の中で1番強い。
先輩達が引退する時、剣道部を任されるのは陸だよ。
坂本先輩や高杉先輩。それに、沖田先輩が守ってきた伝統を、今は陸が守ろうとしてるんだ」
「陸。剣道がしたくて士英館に入ったって言ってた。
いつも誰よりも頑張って稽古してる……私、陸のこと応援する‼︎ 」
「俺もっ」
「私もっ」なんて言うと思ったら大間違いなんだからっ。
エースの役目って何よ。このままじゃ、私たちバラバラになっちゃうじゃない。
もうっ。こんなの納得いかないっ。
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