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奏士side
「遅くなってすいませんっ」
小走りで僕のところにやって来た桃ちゃんは、凄く申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
後片付けがあるから、部員よりもマネージャーの方が遅くなって当たり前なのに……。
こーゆーとこ、本当に可愛い。
「大丈夫だよ。じゃ、行こっか」
「はい」
部活終わりであんまり時間もないから、駅地下のお店をテキトーに歩くことにした。
平日の夕方ということもあって、他の学校の生徒も沢山いる。
僕たちを知らない人達は、もしかしたら恋人同士だと思っているのかな。
なんて、バカみたいなことを考えて、僕は1人で苦笑いをする。
前から歩いてくるカップルは、仲良さそうに手なんか繋いで制服デート……いいな。僕も、桃ちゃんと手を繋ぎたい。
手を伸ばせばすぐに触れられる距離。
ほんの数㎝。それが、こんなにもどかしいなんて知らなかった……。
今までも、彼女がいなかったわけじゃない。
ファンの子は大切にするんだよ。って言われていたから、告白されたらちゃんとOKしてた。
僕と一緒にいるだけなのに、嬉しそうに笑ってくれる彼女を見て、僕も嬉しくて笑った。
彼女が望むことは何でもしてあげたかった。
僕は彼女に喜んでほしかったんだ。
——だけど、彼女はだんだんと笑わなくなった。
それどころか、僕と一緒にいると凄く悲しそうな顔をするんだ。
僕はどうしたら良いのか分からなかった。
「奏士は私のこと好きじゃない」
そう言われても「そんなことないよ」としか言ってあげられなかった。
大切にしてあげたいのに、僕にはそれが出来ない。
そんな付き合いが何度か続いて——僕は、告白されても付き合うのをやめた。
みんなのこと平等に愛せなくなるから、ごめんね。そう言うようになった。
それが正しかったのかは分からない。
だけど、あんなに悲しそうな顔はもう見たくなかったんだ。
「わぁ。可愛い」
ゲームセンターの一番手前。
クレーンゲームを覗き込んだ桃ちゃんが、小さな子どもみたいにキラキラと目を輝かせている。
桃ちゃんの視線の先には、手のひらサイズのふわふわしたうさぎ。チェーンが付いてるってことは、キーホルダーなのかもしれない。
「桃ちゃんってうさぎが好きなの? 」
「うさぎというか、この子が可愛いなぁって思って」
喉まで出かかった「うさぎよりも断然、桃ちゃんの方が可愛いよ」という言葉は、とりあえず横に置いておいて……僕はおもむろに財布を取り出した。
「OK。取ってあげるよ」
「え? 」
僕は「こういうの得意なんだ。任せて」と言って100円玉を投入した。
桃ちゃんが喜んでくれるなら、ここにいるうさぎを全部捕獲することだってヨユーで出来ちゃいます。
待ってろよ、うさぎっ。
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