恋する士英館高校

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急いで制服に着替えた僕は、すぐに部室を飛び出して廊下を全力疾走する。 「沖田先輩、今日は部活出ないんですか? 」 「今日は休むー。君たちは頑張ってねー」 途中、廊下ですれ違った剣道部の後輩と軽く会話を交わしたり、生活指導の大久保先生に「廊下を走るな」と怒られたり……色々ありながらも、目指すは桃ちゃんのクラス。 1年生の教室って遠い気がするのは僕だけ? とりあえず到着ー。 ガラッ。 勢いよく教室のドアを開けると、桃ちゃんが驚いた表情でこちらを振り向いた。 「っ……びっくりした。沖田先輩、どうしたんですか? 」 「はぁ……。良かった……まだ、いた。疲れた……」 僕は桃ちゃんの質問には答えず、久し振りの全力疾走で疲労困憊の身体を休ませるべく、桃ちゃんの隣の席に倒れこむ様に座る。 「……先輩。早く行かないと部活に遅れちゃいますよ? 」 「いいの、いいの。桃ちゃんが休むって聞いたから、僕も休んだんだ」 桃ちゃんにちらりと視線を送ると、弾かれるように目を逸らされてしまった。 「ねぇ。もしかして、迷惑だった? 」 「いえっ。迷惑だなんて、そんなことないです」 桃ちゃんが大慌てで何度も首を横に振っている。なんだか小動物みたいで可愛い。 「そうだ。足の具合はどう? 」 「え? 」 「足を捻っちゃったって、美羽ちゃんから聞いたよ。凄く痛む? 」 「いえ。そんなにたいした怪我じゃないんです。保健室の先生も安静にしていたらすぐに治るって言ってましたし」 桃ちゃんの細い足首に湿布が貼られているのを想像して、僕はなんだか居た堪れない気持ちになった。 代われるものなら代わってあげたい。そう思う。 「そっか。それでも、桃ちゃんを1人で帰すのは心配だったんだ。だから……家まで送ってもいいかな」 僕の言葉に、桃ちゃんの頬が少しだけ赤くなった様に見えるのは、きっと気のせいじゃないと思う。 今日はなんだか挙動不審で、なかなか目も合わせてくれない。 この間、いきなり抱きしめたりしたから、僕のこと警戒しちゃったかな。 ごめんね、桃ちゃん。でも、僕はいつまでも親切な先輩でいるつもりはないんだ。 目指しているのは桃ちゃんにとって特別な存在。そのポジションだけは誰にも譲れない。 「あの、先輩……」 「ん? 」 「……いえ、なんでもないです。私、職員室に日誌を置いてくるので、玄関で待っていてもらえますか? 」 玄関で待ち合わせ。 もうそろそろ来るかな……なんて考えながら、そわそわするのも———「お待たせしました」と言いながらぺこりと頭を下げる桃ちゃんに「じゃあ、帰ろうか」と言って手を差し伸べるのも———まぁ、悪くはないけど……。 「それはやだ」 「え? 」 桃ちゃんとは、ほんの少しだって離れているのは嫌だ。出来ることなら、ずっと傍にいたい。ということで……。 「僕も一緒に行くよ、職員室」 本当は手を繋ぎたかったけど———それはちゃんと付き合ってからの楽しみにとっておくことにして———僕は、左腕を差し出した。腕を組んで歩くなんて、結婚式みたいでちょっとテンション上がるよね。 「参りましょうか、お姫様」 そう言っておどけて見せると、桃ちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。 あぁ、可愛すぎて心臓が壊れそうなくらいドキドキする。
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