恋する士英館高校

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桃ちゃんの足に負担がかからない様に、職員室までの道のりをゆっくりと歩く。 本当はお姫様抱っこをしてあげたいところだけど、上目遣いに笑いかけてくれる桃ちゃんが、とびきり可愛いからそれを堪能中。 こんなに可愛い笑顔を独り占めしてる僕って幸せ者だな。 職員室のドアの前で、桃ちゃんに「先輩はここで待っていた方がいいかもしれません」って言われたけど、僕はその制止を振り切って勢いよくドアを開けた。 「失礼しまーすっ」 「あ? どうしてお前がいるんだよ」 「あ……」 職員室のドアの向こうで、僕は今1番会いたくない人物に出くわした。 桃ちゃんが、待っていた方がいい。そう僕に言ったのも頷ける。 浮かれていたつもりはなかったけど、桃ちゃんの担任がこの人だってことをすっかり忘れていたってことは……つまりは、そういうことなのかもしれないな。失敗、失敗。 「奏士。お前、部活はどうした」 眉間にしわを寄せている土方先生を見て、桃ちゃんの顔色がすっと青くなった。 「すいません。沖田先輩は何も悪くないんです。悪いのは私です」 すいません。と言って頭を下げた桃ちゃんを見て、土方先生が困った様に小さく息を吐いた。 「何か理由があるんだろ? それをきちんと説明しろ」 「桃ちゃんが足を怪我したのは知ってますよね? 心配だから僕も部活休みます。以上っ」 「以上っ。じゃないだろ。お前は次期部長なんだぞ。少しは自覚を持て 」 「ありますよ。僕は部長の座を他の部員に譲るつもりはないです。僕にとって剣道は何よりも大切なモノだから。 でも、剣道と同じように桃ちゃんのことも大切だって気づいたんです。桃ちゃんが隣で笑っていてくれれば僕はもっと強くなれる。 僕には桃ちゃんが必要なんです」 隣で目を瞬かせている桃ちゃんの手に、そっと自分の手を重ねる。拒否されなかったってことは、このままでいいんだよね? 土方先生は、僕の顔をなんとも言えない表情で真っ直ぐに見つめている。どうやら、もう僕を怒る気はないらしい。 「はぁ……」 え。何ですか、その大きめのため息は。そして、心底呆れてますって顔をするのはやめてほしいんですけど。 「分かった、分かった。そこまで言うなら、ちゃんと家まで送ってやれ。絶対に無理はさせるなよ? 分かったか? 」 「はぁ〜い。じゃあ先生、さようなら。桃ちゃん、行こう」 桃ちゃんの手を引いて職員室のドアに向かおうとした時。 「あの……先生。ありがとうございました」 桃ちゃんが土方先生に向かってぺこりと頭を下げた。 「気をつけて帰れよ」 「はい」 土方先生は優しく微笑みながら桃ちゃんの頭を撫でている。その柔らかな表情は、さっきとは別人みたいだ。 あ、そういえば、土方先生と桃ちゃんは昔からの知り合いらしいと誰かが言っていた気がする。 もし、それが本当だとしたら、土方先生は小さい頃の桃ちゃんを知っているんだ……。なんだか羨ましいな。 この2人は年の離れた兄と妹。そんな感じなのかもしれない。 心配しなくても、桃ちゃんのことは僕が幸せにしますよ。お兄さん。 なんて言ったら「お前にお兄さんなんて呼ばれる筋合いはない」ってきっと怒られちゃうんだろうな。想像できちゃうよ。
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