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ピピーッ。
「終了でーすっ」
土方先生には座っているだけで良いって言われたけど……。流石にただ座って見学しているだけというのは申し訳ないので、私は今、ストップウォッチを片手にホイッスルを鳴らしている。
「桃ちゃん大丈夫? 足痛くない? 」
終了の合図と同時に沖田先輩が私のところに駆け寄ってくる。
「座っているだけなので大丈夫です」
そう答えると、安心した様に笑ってくれる。そんな小さなことが、どうしてかとても嬉しい。
「そっか。それなら安心した。ねぇねぇ、桃ちゃん」
「何ですか? 」
「ちょっと疲れちゃったから応援してほしいんだけど」
私の目の前にしゃがみ込んでいる沖田先輩が「だめ?」と言いながら上目遣いでこちらを見ている。
え……か、可愛い。潤んだ瞳が仔犬みたい。
出来ることなら、ぎゅっと抱きしめて撫でまわしたいくらいに可愛い。間違っても、そんなことは出来ないけど。
「えっと……沖田先輩、稽古頑張って、ください」
沖田先輩の可愛さに動揺して、だんだんと声が小さくなってしまった。
それに、私、今絶対に顔が赤くなってるよね。
「え……何その反応。可愛すぎるんだけどっ」
やだな。どうして沖田先輩まで顔が赤いの? う〜……恥ずかしい。
「おいおい、お前ら。今は部活中だってこと忘れてるんじゃないか?
ほら、いつまでもいちゃついてないで奏士はさっさと稽古に戻れっ」
土方先生の言葉に、両手で顔を覆っていた沖田先輩がゆっくりと視線をあげる。
「シスコンのお兄さん。可愛い妹にめちゃくちゃ格好いい彼氏が出来たからヤキモチ妬いてるんですか? 」
「誰がお兄さんだっ。あんまりふざけてると、この炎天下の中、お前だけ外でランニングさせるぞ」
「わぁ〜怖〜い。じゃあ、僕、稽古に戻りますね」
沖田先輩は私に向かって小さく手を振ると何事もなかったかの様に歩いて行った。
「全く……。どうして、こう、うちの部員はふざけた奴ばかりなんだ」
隣の椅子に座った土方先生が、盛大にため息をついている。
きっと、その「ふざけた奴」の中には私も含まれているんだよね。本当にごめんなさい。
私はそんな申し訳ない気持ちを込めてホイッスルを鳴らした。
ピピーッ。
この音を合図に追い込み稽古が始まる。それを見つめている土方先生の目は真剣だ。
「どいつも、こいつも。竹刀を持つと人格変わるよな」
「そうですね。みんな、かっこいいです」
でも、沖田先輩が1番だって思ってしまうのは、きっと彼女の贔屓目なんかじゃないよね? えへ。
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