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奏士side
「わぁ〜っ。すっごく美味しそうだね」
「花宮 桃。お前は料理が得意だったんだな。よしっ。明日からは俺様の分も頼んだぞ」
桃ちゃんが作ってくれたお弁当を覗き込んで、坂本先輩と高杉先輩がなんか言ってる。
「だめだめだめだめだめ〜っ」
僕はそんな2人の前からお弁当箱を奪取して背を向ける。
桃ちゃんは優しいから、頼まれたらすぐに「はい」って言っちゃうからね。その前に死ぬ気で阻止させて頂きます。
「桃ちゃんのお弁当は僕だけのものなのっ。先輩たちには食べる資格なんてありませんからっ」
「そんなことないよ。俺は部長だし? それに、こんなに美味しそうなお弁当を奏士だけが独り占めするなんてズルいじゃないか」
「そうだ、そうだ。俺様だって食べたいぞっ。お前は今まで散々俺様の弁当を食べてきただろう。少しくらい分け与えるのが礼儀ってもんだ」
文句を言いながら不貞腐れている2人の前には、今日も大量のお弁当が並んでいる。
こんなにあるんだから、人の物を欲しがるのとかやめてほしい。
僕たちが言い争いをしている横では、桃ちゃんがひとつひとつのお弁当の中身を確認しながら、感嘆の声を上げている。
「こんなにたくさん……。凄いですね。全部、ファンの子達が作ってくれたんですか? 」
「まぁな。見ての通り俺様たちはモテるんだ。
ちなみに、今日の戦利品の数は俺様が坂本に勝ったんだ。実にめでたい」
勝ち誇った表情の高杉先輩が、坂本先輩にチラリと視線を送っているけど、坂本先輩は気にする様子もなくお弁当を食べている。
「久し振りに勝ったからはしゃいでるんだよ。
どうせ明日はまた負けるんだから、今のうちに喜んでいた方がいい」
「なんだと? 明日も俺様が勝つっ。お前は負けて泣く運命だ」
「そう思っておけばいいさ。志を高く持つのは良いことだよ」
あーぁ。今日もくだらない言い争いが延々と続いていく。もういい加減、お弁当の数で争うなんて趣味の悪いことやめればいいのに。
じゃれ合っている2人を見つめながら、桃ちゃんがクスクスと笑っている。
「先輩達は本当に仲良しですね。喧嘩してるのかもしれないけど、全然そう見えないです」
「2人とも子どもみたいだよね。楽しそうで何よりだけど」
「それにしても、どのお弁当も手が込んでて美味しそう……。私も頑張りますねっ」
ちょっと前までは、たくさんの女の子に囲まれて人気者扱いされると、気分良いって思ってた。
でも、今は違う。こうして桃ちゃんが隣で笑っていてくれるだけで幸せなんだ。
「桃ちゃんは頑張らなくていいよ。僕は桃ちゃんが作ってくれたお弁当ならどんな物でも嬉しいし、何でも美味しく食べられる自信があるよ」
こんなに可愛い彼女にお弁当を作ってもらって、文句を言うなんてあり得ないよ。作ってもらえるだけで感謝、感謝だよね。
「それは困ります」
「どうして? 」
「美味しくないものを沖田先輩が無理して食べるのは嫌なんです。
だから、嫌いなものとか、美味しくないものがあったらちゃんと言ってくださいね? 」
桃ちゃんの表情はいつになく真剣だ。大切にされてるって自惚れても良いのかな。
「分かった。ちゃんと言うね」
「はいっ。お願いします」
あー、幸せ。幸せすぎてどうしよう。先輩達のじとーっとした視線なんて少しも気にならないよ。
「桃ちゃん」
「なんですか? 」
僕は、きょとんとしている桃ちゃんの耳元でそっと囁く。
「大好きだよ」
「っ……」
一瞬にして真っ赤に染まった桃ちゃんの頬を、人指し指でつつく。
「どうしたの、桃ちゃん。顔真っ赤だよ? 」
「もうっ。意地悪しないでくださいっ」
桃ちゃんは不貞腐れた様にぷいと横を向いてしまった。そんな反応も可愛すぎて心臓が爆発しそうだ。
「ごめんね、桃ちゃん。でも、元はと言えば、桃ちゃんが可愛すぎるからいけないんだよ」
「可愛くないです」
「可愛いよ」
「沖田先輩の方が可愛いです」
「え? 」
格好良いとはよく言われていたけど、可愛いって言われたのは初めてかもしれない。
なるほど。桃ちゃんは僕のことを可愛いって思ってたんだ。なんか嬉しいかも。
「ねぇねぇ。僕のどこが可愛いの? 」
「秘密です。もうっ。早くお弁当食べないとお昼休み終わっちゃいますよ? 」
「まだ大丈夫だよ。ねぇねぇ、どこが可愛いの? 」
桃ちゃんとの距離を詰めて横から顔を覗き込むと、桃ちゃんが観念した様に僕の方を向いた。
「全部可愛いです。はいどうぞ」
不意打ちで差し出されたタコさんウインナーをぱくりと頬張りながら、タコさんに負けないくらい自分の顔が赤くなっていることに気がついた。
「やっぱり先輩は可愛いです」
そう言って満面の笑みを浮かべた桃ちゃんを、ぎゅっと強く抱きしめたのは言うまでもないよね。
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