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「お前。堂々とサボってんじゃねえよ」
「え? 」
誰にも見つからないと思ってここに来たのに、案外あっさり見つかっちゃった。なんだか拍子抜け。
「土方先生だってサボってるじゃないですか」
「俺は授業がないから休憩してるんだよ。お前と一緒にするな」
土方先生はそう言うと、タバコに火をつけて僕の隣に座った。
「非常階段ってタバコ吸っていいんですか? 」
「あ? 知らねえけど。俺はいいんだよ。ちゃんと携帯灰皿も持ってるからな。
俺はいいけどお前は絶対にダメだからな。興味本位で吸ったりするなよ? 分かったか?」
なにそれ。大人って本当、理不尽だよね。
「吸いませんよ。そもそも、そんな煙を吸い込んで何が楽しいんですか? 意味が分かりません。はぁ……」
土方先生が意味不明なことを言ってくるから、ため息出ちゃったよ。
ため息ついたら幸せが逃げるんすよ‼︎ って中岡君が言ってたんだよね。最悪……。
飛んで行った幸せって、吸い込んだら戻ってこないのかな。
「なんだお前。随分としょぼくれてるけど、桃とケンカでもしたのか? 」
土方先生が細く吐き出した煙が空に溶けていく。雲は消えないのに、タバコの煙は消えちゃうのはどうしてなんだろう。
「ケンカはしてないです」
「じゃあ、何かあったのか? 」
まぁ、無理に話せとは言わないがな。と言って、土方先生はまたタバコに口をつけた。
「じゃあ、ここで先生に会ったのも何かの縁ですし、聞いてくれますか?
さっき、桃ちゃんの教室に行ったんです。休み時間はいつも会いに行ってるから、いつも通りに。
そしたら、桃ちゃんが岡田 陸と楽しそうに話してて……。2人を見てたらなんかモヤモヤしてきたんですよね。
なんて言うのかな。こう、胸の奥が気持ち悪くて……。僕、風邪でもひいちゃったのかな」
「げぇほっ‼︎ げほっ‼︎ 」
土方先生が突然激しくむせ始めた。え、大丈夫かな。タバコなんて体に悪いものを吸ってるから、むせたりするんだよ。自業自得だよね。
「お前……俺のことを殺める気か」
「いえ。そんなつもりはありませんけど」
「まぁ、そうだろうな」
涙目の土方先生がニヤリと笑いながらタバコをもみ消している。
「何ですか、その変な顔」
「失礼だな、お前。まぁ、いい。ひとつだけ教えてやろう。桃と岡田を見たとき、お前はヤキモチを妬いたんだよ」
ヤキモチ?
「何ですか、それ。食べられます? 」
びしっ‼︎
「痛っ‼︎ どうしていきなり殴るんですか」
「殴ってねえよ。人聞き悪いこと言うな。読者が勘違いするだろ」
おでこを凄まじい勢いで弾かれたら、殴られたも同然だと思うのは僕だけかな。
あー、おでこがジンジンする。
「全く。心がモヤモヤしてしょぼくれてるのは、風邪をひいたからじゃなくて、お前が桃のことを好きだって証拠だ」
「……好きだからモヤモヤするんですか? 」
「そうだよ。桃のことが好きだから、自分以外の誰かと仲良く話しているのを見ただけで、気持ちが暗くなるんだ。
好きだから、独り占めしたいと思うんだ。あの、女たらしで有名なお前がヤキモチか……随分と変わったもんだな」
土方先生が満足気に僕の頭をくしゃっと撫でてくれる。
そっか……。こういうのをヤキモチって言うんだ。
今までこんな気持ちになったことが無かったから、ただの風邪か体調不良だと思ったよ。
「桃のことは小さい頃から知ってる。本当の妹みたいなもんなんだ。
だから、お前と付き合うことになった時、祝ってやりたい気持ちよりも、正直心配の方が大きかった」
何が心配だったんですか? なんて、いくら僕でもそんな野暮な質問はしない。
今までの僕は、みんなが大好きっていうスタンスでいたからね。土方先生が心配するのも無理はないんだ。
「僕は、もう昔の僕とは違います。だから、安心してくださいね、お兄さん」
僕の言葉に、土方先生は「お兄さんって呼ぶなって言ってんだろ」と言って、喜んでいるような、悲しんでいるような……複雑な表情で笑った。
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