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「沖田先輩。何か用事があるなら、桃のことは俺が送って行きますよ」
持っていた手荷物を強く握りしめた時。不意に、隣に立っていた陸が言葉を紡いだ。
「陸? 」
「桃も見てただろ? 沖田先輩はこちらの先輩とどこかに行く予定が出来たんだ。だから、今日は俺と帰ろう」
陸が優しい瞳で私を見下ろしている。
私が混乱して泣きそうになってることに気づいて、助けてくれようとしてくれてるの?
どうしてそんなに陸は鋭いの?
どうして何でも分かっちゃうの?
ねぇ、どうして?
「岡田君。ありがたいけど、その申し出は丁重にお断りするよ。桃ちゃん、早く着替えておいで」
不意に沖田先輩に手首を掴まれて、私は反射的にその手を振り払ってしまった。
先輩は凄く驚いた顔をしている。当たり前だよね。私って本当に嫌なヤツだ……。
だけど——先輩はさっきまでこの人と手を繋いでいた。その手と同じ手で触れられるのが、凄く嫌だった。
——沖田先輩は、本当は私じゃなくて、この人が好きなの?
「桃ちゃん? 」
「っ……あ、ごめんなさい。私、頭の中が混乱していて……今は、沖田先輩と落ち着いて話すことが出来なそうです。本当に……ごめんなさい」
私は沖田先輩の顔も見ずに、部室に駆け込んで慌ただしくドアを閉めた。
「おつかれ、桃。って、ちょっと待ってよ。体調悪いの? 顔真っ白だよ? 」
ドアの前に力無く座り込んだ私を見て、美羽ちゃんが私の額に手を当てる。
「熱はないみたいだけど……ソファで横になりなよ。今、先生呼んでくるから」
「待って……違うの。そうじゃないの……違うの……」
「桃? 」
体調は悪くないの。胸がどうしようもなく苦しくて……涙が止まらないだけなの……。
私は美羽ちゃんにしがみついて泣き続けた。
泣いても泣いても、胸は苦しいままだった……。
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