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「だから、愛じゃないです。桃は友達なんで」
「はいはい分かった、桃ちゃんは友達ね。……はぁあ、私もそこまで吹っ切れたら楽なのにな……」
「ツライなら俺が癒してあげましょうか? 」
両手を広げて笑って見せると、先輩が小さく息を吐いて、独り言のように呟いた。
「はぁ……うちの部員ってどうしてこう軽いヤツばっかりなんだろう。本当嫌になる」
「そろそろ部活に出たらいいじゃないですか。見学なんて中途半端なことしてないで、堂々としてた方がカッコいいですよ? 」
「え……私が剣道部のマネージャーってことも知ってるわけ? 君って何者? 」
「別に普通の部員ですよ」
普通ではないけどね。と言って笑った先輩が、俺の後ろに回り込むと背中と背中をくっつけて体重をかけてくる。
「ちょっと背中貸して」
「背中でいいんですか? 癒されたいなら抱きしめてあげますよ? 」
「他の女に心底惚れてる男に抱きしめられたって虚しいだけじゃない」
「そうですか? 」
「そうだよ。だから、背中でいいの」
気が強いフリをして、この人は本当は凄く脆い人なんだろう。
今すぐにでも泣き出したいくらい切ない想いを抱えて、必死に笑っている。そう思ったら、なんだか無性に愛おしくなった。
俺は非常階段に背を向けて、先輩の肩をぐいと抱き寄せた。
「っ……ちょっと、いきなり何? 」
「いいから、少しだけこのままでいて下さい。そしたら、いいことが起こるって俺が保証しますよ」
サラサラの髪を耳にかけてあげると、目を丸くしていた先輩が吹き出すように笑った。
「ねぇ。キャラを統一してよ。君って本当に面白いね。ある意味、奏士よりもタチ悪いよ」
「そんなことないと思いますけど」
そう言って先輩の髪を指に絡めた時——ドアの閉まる音が遠くに聞こえた。ほのかに香る苦い残り香に思わずほくそ笑んだ。
「何笑ってるの? 」
「秘密です。今度、何か奢って下さいね」
「はぁ? どうして私が? 本当、意味わかんない」
クスクスと笑っている先輩の細い肩を抱きしめながら、今は分からなくてもいいんです。そのうち嫌でも分かりますよ。
そんなことを考えていた。
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