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桃side
「やっぱり桃ちゃんだ‼︎ 」
不意に肩を叩かれて後ろを振り返ると、屈託のない笑顔を浮かべたあの人と目が合った。
「あ……」
「私のこと覚えてる? 」
「もちろんです。この間はご迷惑をお掛けしてすいませんでした。えっと……」
「あ、自己紹介まだだったね。私、井上綾奈っていうの」
「井上、先輩」
「え、なんだろう。苗字で呼ばれるとなんか照れるなぁ。みんな綾って呼ぶから綾でいいよ」
綾先輩は少しだけ頬を染めて、右手を顔の前で激しく振っている。
この間は、沖田先輩と仲良し過ぎてヤキモチをやいちゃったけど……。陸と一緒に私の誤解を解いてくれた綾先輩は、実はとっても良い人だった。
「私と奏士は本当に愛とか恋とか、そんな関係じゃないから。もうね、アイツとは性別関係なく話せちゃうの。家族とか、そんな感じかな。
でも、桃ちゃんには嫌な思いさせちゃったよね。本当にごめんね。私が言うのもなんだけど、奏士と仲直りしてほしいんだ。お願いします」
綾先輩はそう言って私に向かって頭を下げた。綾先輩は沖田先輩のことをこんなに大切に想ってる。きっと、沖田先輩にとっても綾先輩は大切な存在なんだろう。そう思った。
だから、私には2人の関係を壊す権利もないし、口を出す権利もない。そもそも、ヤキモチを焼くなんておかしいんだ。
「これから奏士とランチ? 」
綾先輩が私が持っている小さなバッグを指差している。バッグの中には沖田先輩と私——2人分のお弁当が入っている。
「はい。屋上で待ち合わせしてるんです」
「そっか。ねぇ。お弁当って毎日2人分作ってるの? 」
「はいっ」
「そうなんだ。奏士ったら幸せ者だね。こんな可愛い子の愛妻弁当を毎日食べられるなんて。本当、桃ちゃんはあいつには勿体ないくらい出来た彼女だよ。あんなロクでもない奴と付き合ってくれてありがとうね」
「ちょっと。さりげなく僕の悪口言うのやめてくれないかな」
聞きなれた声に視線を向けると、屋上に続く階段の途中で、沖田先輩が渋い顔をして腕を組んでいる。
「沖田先輩」
「遅いと思って様子を見に来たら……綾ちゃんが邪魔してたんだね」
「邪魔? 人聞きの悪いこと言わないでよ。私は桃ちゃんと話してただけですっ」
「それが邪魔って言ってるんだけど? 」
「はぁ~? 話してるだけでどうして邪魔になるのよ。簡潔に説明しなさいよ‼︎ 」
「僕は1秒でも長く桃ちゃんと一緒にいたいんだよ。綾ちゃんが邪魔しなければ、僕達はとっくに出会えていたはず。ほら、悪いのは綾ちゃんじゃない」
「はぁ〜? 意味不明なんですけどっ」
階段の上と下から睨み合っている2人を見て、周りの生徒達が「見慣れた光景だ」と、クスクス笑っている。
私も一緒になって笑っていればいいの? ううん。そんなこと出来ないよっ。
「あ、あのっ。綾先輩も屋上で一緒にランチしませんか? 」
「え? いいの? 桃ちゃんは本当に優しくて良い子だね♡ 桃ちゃんが作ってくれた奏士用のお弁当は私が食べるね♡ 」
「いや、おかしいでしょ。自分のお弁当食べなよ。その手に持ってるやつ食べなよっ」
「奏士はうるさいよ。今、桃ちゃんと話してるんだからちょっと黙ってて」
「どうして僕が黙らなきゃいけないわけ? 黙るのは綾ちゃんの方でしょ? 」
「だまらっしゃい、奏士っ」
階段を上りながら、2人は飽きることなくずっと言い争いをしている。この2人……本当に仲がいいんだな。なんだか、姉と弟みたいで微笑ましくなってきちゃった。
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