恋する士英館高校

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テーブルを挟んで言い合いをしている2人に、私は箸を持ったままオロオロと視線を動かす。 「綾先輩も沖田先輩も落ち着いてください。ね? ね? 」 「権限ありますーっ‼︎ 桃ちゃんは僕の可愛い彼女なの‼︎ 綾ちゃんに汚されたくない‼︎ 」 「私が触ったくらいで汚れる訳ないでしょーがっ‼︎ 」 聞く耳持たずという2人の雰囲気に、私は頭を抱える。あぁ、一体どうすれば……。 「お前ら相変わらずうるっせーぞ‼︎ 」 この終わりの見えない言い争いに終止符を打ったのは、意外にも高杉先輩だった。 高杉先輩は不意に立ち上がると、2人のおでこを痛烈に弾いた。 「いった~い‼︎ 」 「いっ‼︎ ちょっ、先輩のデコピン痛すぎるよ‼︎ 」 「うるせーっ‼︎ いつまでもグダグダ言い合ってるお前らが悪い。飯が不味くなるから黙って食え」 高杉先輩のデコピンが相当痛かったのか、沖田先輩と綾先輩が静かにお弁当を食べ始める。 いつも暴走している高杉先輩が騒ぎを止める役なんだ……。 ——なんだかこのメンバー面白いかもしれない。 「ほらほら、花宮さんがすっかり困惑しているじゃないか。2人ともそろそろ大人にならないとね」 そう言って坂本先輩が差し出したお弁当を見て、綾先輩がキラキラと瞳を輝かせている。 「わ♡ 玉子焼き~♡ 」 玉子焼きを頬張って幸せそうに目を瞑っている綾先輩……か、可愛い♡ さっきも私のお弁当から玉子焼きを食べていたから、きっと大好物なんだろうな。 「綾先輩って玉子焼きはどんな味が好きなんですか? 」 「うんとねー何でも好きかな♡ 坂本先輩がくれたみたいにネギが入ってる渋めのやつも好きだし、お菓子みたいに甘いのも好きだし、しょっぱめのだし巻きとかも好き♡ 」 嬉しそうに好きな玉子焼きの説明をしてくれる綾先輩……やっぱり可愛い♡ 「井上 綾奈。そろそろ部活に出てきたらどうだ。こそこそ見学するくらいなら、潔くマネージャーに戻れ」 高杉先輩が綾先輩のお弁当箱に玉子焼きを移動させながらそう言った。 途端——さっきまでキラキラの笑顔だった綾先輩の表情に暗い影がさした気がした。 「こそこそなんてしてないよ。あの日は奏士に無理やり連れていかれただけで……私は別に見学なんてする気なかったんだから」 「もうすぐ夏の合宿だしね。それが終われば試合もあるから、井上さんが戻ってきてくれたら部長としても、俺一個人としても嬉しいんだけどな」 坂本先輩の言葉に、私も思わず声を上げた。 「綾先輩が戻って来て下さったら、私も美羽ちゃんもとっても心強いです‼︎ 」 私も美羽ちゃんも、マネージャーとしてはまだまだ経験が浅い。そのせいで、部員のみなさんに迷惑をかけてしまうことが沢山ある。 部員のみなさんに、稽古の時間を割いてマネージャーの仕事を教えてもらうのは、実はとても心苦しい。 私たちマネージャーの仕事は、部員のみなさんが稽古をしやすい環境を整えること。 それなのに、今のままでは本末転倒だ。 かといって、先輩マネージャーがいない今の現状では、部員のみなさんを頼るしか方法がないのだ。 「あら、桃ちゃん。可愛いこというわね。お姉さん食べちゃうぞ♡ まぁ、桃ちゃんがそう言ってくれるなら、ちょっと考えてみようかな」 「本当ですか? 嬉しいですっ」 綾先輩は「あんまり期待しないでね」と言って片目を瞑った。 その表情がやっぱり少しだけ哀しげに見えて、胸の奥がチクチクと痛んだ。
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