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久し振りに足を踏み入れた部室で、私は今、感傷に浸っている——なんてことは無く。
普通に掃除をさせられている。もう一回言わせて。本当、最悪。
「はぁ、疲れた。もう、やだ」
下を向いてばかりいるせいで、すっかり硬直しつつある首と腰をぐいと後ろに伸ばす。
あー……身体痛い。手に持っているモップがとんでもなく憎い‼︎
「おい。長々と部活をサボってた罰なんだから
真面目にやれ。そんなペースだと日が暮れるぞ」
ったく。久し振りに部活に出たらこれだよ。ちょっと休憩しようかと動きを止めた途端、瞬時に叱言が飛んでくる。
さっきから休みなく働いてるんだから、少しくらい休ませてくれてもいいじゃない。こんなんじゃ、作業効率も上がらないってば。
「床掃除終わったらそこ片付けろよ」
ソファにゆったりと腰掛けている土方先生が竹刀で部室の奥を指している。
こっちは汗だくで掃除してるってのに、優雅でございますこと。
「はいはい」
「はい、は一回だろ」
ちくしょう。さっさと終わらせて帰ろ……。そして、2度と剣道部には近づかない。私は心に誓った。
「はーーーい。精一杯頑張りまーーーす」
私の間の抜けた返事を聞いた土方先生の眉間に、深いシワが寄ったのは見なかったことにする。
少々乱暴にモップを動かしながら先生の前を通過。目の前には大量のモノが散乱したロッカールーム。思わず盛大に息を吐いたのは言うまでもないよね。
床にモノが落ちていたらモップ掛けが出来ないじゃないか。
とりあえず、モップには休憩してもらって——床に落ちているのか、はたまた置いているだけなのか不明なモノたちを回収して歩く。
男所帯だけあって相変わらず汚っ‼︎ 女子の部室を見習いなさい‼︎
きっちり片付けろとは言わないけれど、せめて出したら戻すってことを癖付けてくれないかな。
ただでさえ部員が多くて散らかりやすいんだから、みんなで声を掛け合えばいいのに。
個人の持ち物はロッカーの中へ。部室の備品はこっち。もうっ。大切な竹刀はきちんと管理しなさいよね。
「痛っ」
不意に激しい痛みが走った。左手に視線を落とすと、人差し指に赤い筋が走っていた。
どうやら私は、竹刀の裂けたところを握ってしまったらしい。集中力が低下している時に片付けなんてするものじゃない。本当、今日という日は最悪な日だな。
「大丈夫か? 」
不意に背後から聞こえたその声に、身体がびくりと跳ねた。
いつの間にこんな近くに来たんだろう。気付かなかった。
「怪我したのか? ったく、久し振りだからって気抜いてたんだろ。あれ程、気をつけろって言っただろうが」
「こんなのただの切り傷です」
土方先生が真剣に傷口を観察している。握られた手から伝わる体温に、胸の奥がキシキシと嫌な音を立てる。
そんなに心配そうな顔しなくても、私はこれくらいの傷なんて全然大丈夫。
だから、放って置いてくれればいいのに……。
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