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「そんなに深くはなさそうだな……兎に角、まず消毒するぞ」
「消毒なんてしなくて大丈夫です。ほっとけば治りますから」
そう。こんな小さな傷、あっという間に治ってしまうはずだ。
私は先生の手を振りほどくと、くるりと背を向けて片付けを再開する。
今度は怪我しないように気をつけなくちゃ。そんなことを考えながら、さっきの竹刀に手を伸ばした時——逞しくて大きな掌が私の手を包み込んだ。
「駄目だ。消毒するぞ」
有無を言わせずって感じの先生に手を引かれて、私はしぶしぶソファに腰掛ける。
隣に座った先生との距離が近い……。いつもより早いリズムを刻んでいる鼓動が、なんだかやけにうるさい。
「痛くないか? 」
「……大丈夫です」
消毒を済ませた傷口に先生は手際よく絆創膏を貼っていく。その横顔を間近に見つめながら、私は小さく息を吐いた。
先生はいつもと変わらない。緊張しているのは、やっぱり私だけなんだってことに痛いほどに気づかされる。
こんなに優しくしてくれるなら、もっと派手に怪我すれば良かった。そうすれば、先生は私の怪我が良くなるまで、ずっと心配してくれたのに……。
大勢の中の1人でもいい。私が生徒だからって理由でもいい。
——ほんの少しで構わない。先生の時間を私にください。
なんてね。諦めが悪いのにも程がある。いい加減、前に進まなくちゃ……。
「お手数をお掛けしてすいませんでした。もう大丈夫です」
これ以上この人の傍にいたら泣いてしまう。そんな気がした。
早くこの密室から脱出しなくちゃ。そんなことを考えながら立ち上がった時——不意に後ろから抱きしめられた。
まるで壊れ物でも抱えているような、その優しい感覚に私の鼓動がどんどん加速していく。
先生がいつも吸ってるタバコの匂い。先生がいつも付けてる香水の香り。
そして、先生の体温。
そのどれもが私の胸を痛いくらいに苦しくさせる。
これは一体どういう状況? 頭の中が混乱してる。
からかうのは、もうやめてよ……。
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