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「大っ嫌い……」
廊下の隅に座り込んでそう呟いた時——不意に頭を撫でられて視線を上に向けた。
「……え、なんで? 」
「なんとなく、先輩が泣いてるんじゃないかと思ったんですよね」
岡田君はそう言って小さく笑うと、私の目の前に座って両腕を広げた。
「はい、どうぞ」
どうやら泣いている私を抱きしめて慰めようとしているらしい。私は岡田君のファンじゃないんだから、わざわざ優しくしなくてもいいのに……。
「そういうのいらない」
「そうですか。じゃあ、また背中貸しますよ。気がすむまで泣いてください」
岡田君は私の背中に体重をかけると、コツンと頭をぶつけてくる。
「今度、何か奢ってくださいね」
「なんで私が奢るのよ」
「じゃあ、俺が奢りますよ。何がいいか考えといてくださいね」
私は岡田君に奢る筋合いも、奢られる筋合いもないのだけれど——彼が私を励まそうとしてくれていることだけは充分すぎるほどに伝わってくる。
「……うん、分かった。考えとくね」
手の甲で涙を拭うと、なんだか少しだけ気分が良くなっていることに気がついた。
ふと辺りを見渡すと、校舎の中は不思議なくらいに静かで、まるで時が止まってしまったみたいだ。
開け放たれた窓から流れ込む柔らかな風だけが、動くことを許されている。そんな感じがする。
「ありがとう。泣いたらスッキリした」
そう言って私が振り向くと「立ち直り早いんですね」と岡田君が笑った。
「そんなことないよ。さっき、また嫌な思い出が増えたから、しばらく引きずるかも……」
「先輩。俺のことはいつでもカモフラージュに使っていいんで、先輩は素直になった方がいいですよ? あの人もきっと喜ぶと思います」
岡田君の表情から察するに、決してからかっている訳ではないのだろう。
なんでもお見通しな彼に隠し事をしたって無駄ってことだよね。
「素直になったとしても、またフラれるかもしれないじゃない? それでも素直になった方がいいって言い切れる? 」
「じゃあ、あの人にも素直になれって言っておきますよ。それなら問題ないですよね」
ニヤリと笑った岡田君に、私は小さく息を吐く。彼の発想はやっぱりどこか変わっている気がする。
あの人が素直になれと言われたところで、素直になるとは思えないし——誰よりも素直にならなきゃいけないのは、他でもない岡田君だと思うのは私だけ?
人の恋を応援している暇があったら、桃ちゃんに好きだって伝えればいいのに……あ、桃ちゃんは友達なんだっけ。
「何考えてるんですか? 」
訝しげな顔で私を見下ろしている岡田君に、慌てて首を横に振る。
「別に何も考えてないよ 」
「それならいいですけど……もし余計なことをしようとしているのなら、後で後悔することになるのでやめた方がいいですよ」
そう言って微笑んだ岡田君の目は少しも笑っていなかった。え、怖い。
うん。余計なことを考えるのはやめよう。
だって、彼にはなんでもお見通しなのだから……。
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