恋する士英館高校

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「ねぇ、綾ちゃん聞いてる? 」 「え? 少しも聞いてなかった。さ、真面目に勉強しようっと」 奏士に背を向けて机にきちんと座り直す。配られたプリントに視線を落とすと、大嫌いな数学だった。 あー、駄目だ。こんなに問題が羅列していたら目がチカチカしちゃう。 一気にやる気が失せた。そうだ、お菓子でも食べよう。 私はカバンの中からチョコレート菓子の箱を取り出す。チョコレートとビスケットのコラボレーションって最高だよね♡ NO chocolate NO lifeって感じ? 「綾ちゃん……僕も食べたい」 奏士……椅子ごと私の隣に移動してくるなんて、諦めが悪いにも程があるぞ。 「やだよ。あんたにお菓子あげたって、私にはなんのメリットもないじゃない」 「じゃあ、メリットがあればいいの? 」 奏士が顎に手を当てて何かを思案している。そう簡単にみつかるもんですか。ふんふん。 2つ目のビスケットを口の中に放り込んだ時——奏士が「あ、分かった」と言って、ノートにペンを走らせ始めた。 どうせ、綾ちゃんの似顔絵描いたよ。可愛いでしょ? これあげるね♡ とか言うに決まってる。 あーバカバカしい。 「はい、これ。綾ちゃんにはビッグニュースだと思うよ」 奏士はノートの切れ端を差し出しながら、満面の笑みを浮かべている。期待はしてないけど、一応見てやるか。 それにしても、こんなに小さく折りたたむ必要あったかな。広げるだけでも一苦労だわ。 最後の折り目を開いた時——私の目に飛び込んできたのは、笑っちゃうくらい似てない似顔絵だった。 「ぷ。なにこれ」 「似てるでしょ? ちゃんとここに書いてある文字も読んでね」 ちっとも似ていないあの人の似顔絵の横には、非常階段で待ってる。そう書いてある。 「これ、どこから仕入れた情報? 」 「僕だよ。いつだったか授業をサボってた時、そこで会ったんだ。結構な常連って感じだったよ? あ。後、岡田も同じようなこと言ってた」 「岡田君? 」 「そう。そこで待ってれば必ず来るって言ってたよ。 あいつって本当ムカつくよね。なんか色々知ってるし。桃ちゃんとも仲良いし。剣道は強いし。本当ムカつく。綾ちゃんもそう思わない? 」 何やら延々と愚痴を言っている奏士は放っておいて——私は非常階段というキーワードについて思いを馳せる。 非常階段。中庭。そして岡田君。 「少しだけこのままでいて下さい。そしたら、いいことが起こるって俺が保証しますよ」 「今度、何か奢ってくださいね」 彼はそう言っていた。その言葉の意味を改めて考える。 そして、あの時——ほのかに漂っていたあの香り……。 もし、あの時——岡田君が私の肩を抱きしめた時——非常階段に先生がいたんだとしたら……。 私と岡田君の姿を見ていたんだとしたら……。 「もう、俺のこと嫌いになったのか? 」 その言葉の意味が分かった気がした。 勢いよく立ち上がった私を見て、奏士が訝しげな表情を浮かべている。 「ちょっと綾ちゃん。僕の話、聞いてた? 」 「聞いてない。ぜんっっっぜん聞いてなかった。お詫びにこれあげる。ね? 」 チョコレート菓子の箱を奏士の手に押し付けて、私は力強く頷いた。 「ビッグニュースありがとう。私、ちょっと行ってくるね」 「え? 今、行くの? 」 「うん。思い立ったら即行動‼︎ 思い立ったが吉日‼︎ 」 そう言って教室を飛び出した私の耳に、奏士の「綾ちゃん頑張れー‼︎ 」という声が届いた。 ありがとう。頑張る。私……頑張るよ‼︎
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