恋する士英館高校

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非常階段のドアを前に、私はしつこいくらいに深呼吸を繰り返す。 極度の緊張から息がしにくくて、小刻みに手が震える。 大丈夫、大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、大きく息を吸い込んで全身の空気を吐き出す。 「はぁーーー……。よしっ」 どうせなら音もなく近づいて、脅かしてやろう。先生の心底驚いている顔が見てみたい。 ちょっと年上だからって、いつも澄ました顔してるところが(しゃく)に触るんだよね。 1回くらい動揺してるところを見せてみろってんだ。 ゆっくりとドアを開けると、非常階段を少し下ったところに先生の背中が見えた。 途端に鼻をくすぐるタバコの匂い。こんなところでタバコって吸っていいものなの? 完璧に不良教師じゃんっ。 私は細心の注意を払ってドアを閉めると、先生の真後ろに立って声を張り上げた。 ちょっと声音(こわね)を変えてみたのは悪戯心に火がついたから。 「こんなところで喫煙ですか。大久保先生に報告させて頂きますね」 あ、大久保先生って生活指導の怖い先生のことね♡ 「あ? っ、綾? 」 「正解。2年C組の井上 綾奈でーすっ」 そう言って隣に座った途端、土方先生の指からタバコが滑り落ちた。 「っ‼︎ うわ、あっつ‼︎ 」 スーツが焦げない様に、反射的に反対の手でタバコを受け止めようとしたらしい。え、そんなことしたら火傷しちゃうよ? でも、普段クールぶってる人がわたわたしてる姿ってとっても面白い。あ、笑ってごめんね。 「ざまーみろ」 そう意地悪く囁いてニヤリと笑って見せると、先生がしゅんとした顔でタバコをもみ消した。 え、そんな顔も出来るんだ。全然知らなかった。 私をフッた後ですら、しれっとした顔をしてたくせに……一体どういう風の吹き回し? 「驚かせてごめんね。火傷しなかった? 」 「あぁ、これくらい大丈夫だ。変な声出すから、お前だって分からなかった」 「やっぱり? 私、声音変えるの何気に得意なんだよね。何かリクエストある? 」 「ふっ。ねぇよ」 先生はそう言って小さく笑うと、それっきり何も言わなくなった。 全然こっちも見ないし……ちょっと‼︎ 私の存在無視? めちゃくちゃ勇気出して来たのに、やっぱりそういう扱い? 何ヶ月もかけて頑丈に補強したはずの心が折れそう……。でも、負けないんだからっ。 話しかけてくれないなら、こっちから話しかければいいだけの話。 意図的にこっちを向いてくれないなら、自分から視界に入ってやる‼︎ すっくと立ち上がった私は躊躇うことなく階段を下りて踊り場に立った。 振り返った先には先生の顔。目線の高さ完璧‼︎ 距離はちょっと離れちゃったけど、確実に先生の視界に入ってる自信がある。 ねぇ。今、目合ってるよね? 私に、何か言うことないの? 私の全身から発せられている無言の圧力。 先生が諦めたように言葉を紡ぐまで、それほど時間はかからなかった。 「……この間は悪かったな」 「……なにが? 」 「なにがって……お前の気持ちをかき乱すようなことしただろ」 「そうだね。でも、そんなことはどうでもいいよ」 そう。どうでもいい。 私が本当に聞きたいのは、そんな言葉じゃない。謝るなら、もっと他のことを謝ってよ。
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