恋する士英館高校

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「どうでもいい……か。確かにそうだな。過ぎてしまったことを改めて表面化させたところで、何かが変わるわけじゃないしな」 「そうかもね。過去はどうやったって変えられない。変えられるのは、今だけだよ」 先生は神妙な顔で私を見つめている。 ねぇ、今、なに考えてる?教えてよ。 ぐいと身を乗り出した先には先生の整った顔——私は躊躇うことなく、その唇にキスをした。 「っ、お前……」 先生は驚いたように目を瞬かせている。 いつも澄ました顔で子ども扱いされるのムカついてたんだよね。だから、これくらいさせてよ。 「私、まだ先生のこと大好きだよ。大っ嫌いなんて嘘ついてごめんね」 これが私の本当の気持ち。 フラれても諦められなかった。 距離を置いても忘れられなかった。 私の心の中には、いつだって先生がいた。 大好きで、大好きで、大好きな人。 「沢山いる生徒の中の1人で我慢する。 好きになって欲しいとか、付き合いたいとか、そんなワガママは言わない。 だから……前みたいに、先生の隣に戻ってもいいかな」 奏士に無理やり見学させられたあの日——先生の隣には桃ちゃんが座っていた。 先生と自然に会話を交わして、自然に微笑み合っていた。 あの席は私の場所なのに……。なんて、バカなことを考えた。 あの席を捨てたのは、他の誰でもないこの私なのにね。 「部活を休むようになって気づいたんだ。傍にいる時より、離れている時の方がツライんだって……。 どっちにしろツライなら、私は先生の傍にいたい。 先生が私の気持ちを受け止めてくれなくてもいい。これくらいの苦しさなんて乗り越えてみせる。 それで、いつか……先生の特別になってみせる。それまでは、絶対に諦めないって決めたの。 卒業式の日。もう1回告白するから、それまで……私がオトナになるまで待っててくれる? 」 先生は先生でしかなくて。 私は生徒でしかない。 ——今は。 再来年の春には、私も高校を卒業する。 先のことはまだ決まってはいないけれど……卒業式には、正々堂々と先生のことが好きだって言えるようになる。 だから、今のツラさなんてどうってことない。 私たちの未来は明るいんだって信じられるから。 黙って私の話を聞いていた先生が、諦めたようにクスリと笑った。 「あぁ。そこまで言うなら卒業式の日まで待っててやる。 でも、忘れんなよ。俺はモテるんだ。よっぽどのイイ女じゃないと、俺の隣に並んだ時、恥かくぞ」 なにそれ。実は私のこと大好きなくせに‼︎ 私のことを守る為に自分の気持ちを隠してるくせに‼︎ 岡田君と私が抱き合ってるのを見てヤキモチ妬いたくせに‼︎ カッコつけちゃってバカみたい。……でも、そんなところも大好きだよ。 「余裕ぶっちゃって感じ悪ーい‼︎ 卒業式までに、先生が自分から告白したくなっちゃうくらいイイ女になってみせるから、覚悟しててね」 「あぁ。楽しみにしてるよ」 先生はそう言って柔らかく微笑むと、私の頭を引き寄せた。 「お前は今でもいい女だけどな」 耳元で囁かれたその言葉に、私の頬が一気に熱を放つ。 不意打ちでこんなこと言うなんて本当オトナってズルい。 「やっぱり先生なんて嫌い」 「お前が嫌いでも俺は好きだ」 すぐ近くにあるくしゃっとしたこの笑顔……大好きすぎて泣きそうだよ。
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