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土方先生と綾先輩が両想いだということを、私は陸に聞かされて初めて知った。
あの時の衝撃は今でも忘れられない。
「嘘でしょ? 」そう叫ぶ様に声を上げた私に、陸は「こんな嘘ついたところで、俺になんの得があるんだよ」と言って苦笑いしていた。
得がないのは分かっていたけど……でも、だって、どうしても信じられなかったんだ。
「教師と生徒の恋愛はタブーだ。
2人は付き合ってる訳じゃないけど、想い合っていることが周りにバレるのは、あんまりいいことじゃない。
それは分かるよな? 」
「うん。生徒とそういう関係になったのがバレたら、先生が警察に連れていかれちゃうんだよね? ドラマで見たよ」
「そうだ。お前にとっても土方先生は大切な兄貴だ。みすみす警察に捕まるところなんて見たくないだろ? 」
「そんなとこ見たくないよっ。でも、どうしてなの? お互いのことを好きだって思うのに、立場とか年齢なんて関係ないじゃない? ただ好きなだけなのに……」
そこまで言葉を紡いだ時——なんだか胸の奥がきゅっと痛くなった。
やっぱり恋をするって難しい。無理に好きになろうと思っても好きになんてなれない。好きって気持ちは気づいたら心に芽生えているものだから……。
好きって気持ちは特別。理屈なんて通用しない。
どうしようもなく愛おしい……ただそれだけの感情。
何にも変えられない素敵なモノ。
だから、好きになった相手と自分の立場があまりにも違ったら、その恋を無かったことにしなきゃいけないなんて……悲しすぎるよ。
忘れなきゃ。忘れたい。そうどんなに強く思ったって、結局忘れることなんて出来ないのに……。
やっぱり恋をするって難しい。難しすぎるよ……。
「あの人たちは上手く自分の気持ちを隠してるつもりみたいだけど、めちゃくちゃ分かり易すぎるんだよ。
だから、俺と先輩が付き合ってることにして、2人の恋をカモフラージュすることにしたんだ。
学校にバレたら剣道部の名前にも傷が付く。俺にとって士英館の剣道部はなによりも大切なんだ。桃も協力してくれるだろ? 」
この計画は沖田先輩以外には話さない。私は陸とそう約束をした。
私も2人の恋を応援したいなって思ったから。
「なんでも気づいちゃう陸が凄いだけだよ。普通の人は気付かないよ」
そもそも、土方先生は美羽ちゃんの初恋の人だった。
だから、美羽ちゃんの恋が成就しますように‼︎ って、そのことばかりを願っていたんだ。
まさか、先生に好きな人がいて——しかも、それが生徒だなんて少しも考えたことがなかった。
正直、今でも信じられないくらいだよ。
だけど、そうだよね。恋は1人では出来ない。必ず相手がいるんだよね。
美羽ちゃんの幸せばかり願って、先生の気持ちに少しも意識を向けられなかった自分にちょっと自己嫌悪。
私は鈍感なだけじゃなくて、どうやら視野も狭いらしい。しゅん。
「俺は別に凄い訳じゃない。ちゃんと見てないから気付かないだけだ。目に見えないモノだって、よく観察していれば見えてくる……と、思う、たぶん」
「なにそれ。最後自信なさげだったけど? 」
私の言葉に陸が肩を竦めた。
「じゃあ、私もよーく観察したら本当のことが見えてくるかな」
「見えてくるかもな。でも、桃は鈍感だからな」
「うん。確かに鈍感。
自分が好きだって伝えたら、綾先輩を色々な問題に巻き込んでしまうかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。そう思って、先生が綾先輩の告白を断ったことも、気持ちを押し込めていたことも気づかなかった……。
毎日のように顔を合わせてたのに、どうして気づかなかったんだろう 」
きっと、綾先輩が久し振りに部活の見学に来た時も、先生は何か思うところがあったはずなんだ。
私は自分のことで精一杯で、先生の気持ちに気づかなかった。
「土方先生も結構本気で綾先輩のことが好きなんだろうな。自分の気持ちを押し込めてでも、好きな人を守りたかったんだ。その気持ち、俺にはよく分かる」
「……え、ちょっと待って、陸にもそんな人がいるの?」
思いがけない陸の言葉に、私の思考回路が激しく電気信号を飛ばし合い、ドキドキと鼓動が速くなる。
陸が叶わない恋をしてる? なにそれ、きゅんきゅんが止まらない。
しれっとした顔をして窓の外を眺めている陸の腕を掴んでぐいぐいと身体を揺らす。
「ねぇ、陸の好きな人って誰? 」
「教えない」
「え、教えないってことは……本当にいるの? 好きな人」
私の問いかけに、陸は「いる」とだけ答えた。
いる。いるんだ。陸って好きな人いるんだ……え、萌える♡
え、誰だろう。いつも一緒にいる女の子の中にいるのかな。でも、もしそうだとしたら、綾先輩と付き合ってるって知れ渡ったら、叶う恋も叶わなくなっちゃうよね。
あ、でも、陸がしているのは叶わない恋なんだ……。
自分の気持ちを押し込めてでも守りたいくらい好きな人……てことは、陸の好きな人には他に好きな人がいるってことなのかな。
だから、陸は自分の気持ちを好きな子には伝えない。
え、陸ったらめちゃくちゃ健気。可愛すぎる♡
不意に「そう思ってるのは桃だけだからね」という、美羽ちゃんの声が頭に響いた。
そんなことないよ。やっぱり陸の最愛の女が私だなんて美羽ちゃんの勘違いだったよ。
「私、陸の恋も応援するね」
陸は、呆れたようにふっと鼻で笑うと「鈍感なヤツ」と言って、私のおでこを人差し指でツンと押した。
「……鈍感。昨日、美羽ちゃんにも同じようなこと言われた。
鈍感って、大切なことに気づけてないってことだよね。なんか嫌だな」
「桃はそのままでいい。じゃなきゃ、こんな風に話せなくなる」
「え、どういうこと? どうして私が鈍感じゃなくなったら陸と話せなくなるの? 」
陸は意味ありげに微笑むと、私の問いかけをはぐらかすように、おもむろに椅子から立ち上がった。
「さっきの本当か」
「え? 」
「俺の恋を応援するってやつ 」
「うん。本当だよ。応援する」
「だから、そういうことだよ」
陸は何が可笑しいのか、クスクスと笑いながら「さーて、そろそろ始めるか」と言ってぐいと身体を伸ばした。
だから、どういうこと? 意味分かんない。
何事もなかったように作業を始めた陸の背中を指で突く。
今のって私の聞き間違い? 違うよね。
どうして私が鈍感だと話せて、鈍感じゃないと話せないの?
「ねぇ、さっきのどういう意味? 意地悪しないで教えてよ」
私のツンツン攻撃など少しも気にならないのか、陸は手際よくファイルを並べている。
これ以上しつこく聞いても、きっと陸は答えを教えてはくれないのかもしれない。
でも気になる……気になっちゃうよ。
「ねぇ、陸」
「おう、どうした花宮 桃」
「高杉先輩の真似とかしないで」
「じゃあ、坂本先輩にするか」
「そういう問題じゃないでしょ? ふざけてないでちゃんと答えてよ」
「ふざけてるのは桃だろ。口だけじゃなくて手も動かせよ? 」
私のどこがふざけてるのよ。ふざけてるのは陸じゃないっ。
頑なに質問に答えようとしない陸に、だんだん小さな怒りがこみ上げる。
意味深なことばっかり言って、核心には触れようとしないなんて……。
「陸の意地悪っ。もう知らない」
別に教えてくれなくてもいい。
陸が言いたかったことはこれでしょ? って、目の前に答えを突きつけてやる‼︎
そしたら、もう私が鈍感だなんて言えなくなるんだからねっ。陸のバーカバーカバーカっ。
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