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「桃ちゃーん、片付け頑張ってる? 遅いから部活抜けてきちゃったよ。後で土方先生に怒られちゃうかなって、え? 桃ちゃんどうして泣いてるの? 」
向かい合って床に座り込んでいる私と陸の姿を交互に見ていた沖田先輩が、眉根を寄せると小さく息を吐いた。
「そんなところに座って2人で何してたの? 」
「片付けです。美化週間の清掃のこと知らないんですか? 」
「知ってるよ。知ってるからこうして桃ちゃんを迎えに来たんだよ。言わせてもらうけど、普通に掃除してるようには見えなかったけど? どうして僕の可愛い桃ちゃんが泣いているのかも、きっちり説明してもらおうか。じゃなきゃ、納得できないな」
あれ? なんか、沖田先輩と陸の間に飛び散る火花が見えるんだけど……ど、どうして?
「片付けはまだ終わってないんで、先輩は部活に戻っていいですよ? 桃が泣いている理由は、俺と桃の問題なので説明する気はありません」
「はぁ? 何それ。でも、別にそれで構わないよ。岡田君が説明してくれなくても、桃ちゃんが僕に隠し事をするわけないからね。直接、桃ちゃんに聞けばいいだけの話だよ。桃ちゃんおいで」
「私が泣いていたのは大した理由じゃないんです。片付けをしていたら、目にゴミが入ってしまって……陸はそれを取ってくれていただけで、」
両手を広げて待っている沖田先輩の方に足を踏み出した時——陸が私の腕を掴んで動きを制した。
「やっぱり桃を先輩には渡せません」
「……え? 」
陸の言葉に、教室内の空気が一瞬で動きを止めた。空気が張り詰めて息がしにくい。
陸。自分が何言ってるのか分かってるの?
——そう思ってるのは桃だけ。
美羽ちゃんの言葉が頭の中をぐるぐると巡っては消えていく。
まさか、そんなわけないよ。だって——陸と私は友達なんだから……。
どうしよう、目が回りそうだ……。
「それどういう意味? 」
永遠に続きそうなくらいの沈黙を破ったのは沖田先輩だった。陸との距離を詰めた沖田先輩の目は、試合の時と同じ——冷たい光を放っている。背中を冷たいものが伝っていくような怖さを感じさせる。
「……どうしちゃったの? 陸」
私の問いかけに陸が小さく頷くと、沖田先輩を真っ直ぐに見つめる。
ねぇ、陸。今のってどういう意味? 全然分からないよ。
こんな時だよ。自分の鈍感さに嫌気がさすのは……。あぁ、もっと早く神様にお願いするべきだった。私のバカバカバカっ。
私を背中に隠すように、沖田先輩ときっちりと対峙した陸がおもむろに口を開く。
「沖田先輩」
「なに」
「はっきり言わせてもらいます。昨日、ここ——資料室の担当でしたよね? 」
「……………………え? 」
予想外の展開に沖田先輩が呆気にとられたように目を瞬かせている。
それは紛れもなく私も同じだ。
「美化週間は、各クラスに割り当てられた教室の掃除をその日の日直が行うというのがルールです。
では、日直が掃除をサボった場合はどうなるか……沖田先輩、分かりますか? 」
問いかけられた沖田先輩は、暫し考えを巡らせた後「分かんないな」と言って肩を竦ませた。
「そうですか。分からないですか」
「うん。分かんない」
2人は笑顔を浮かべ、黙って見つめ合っている。
とてつもなく異様なこの光景に、いくら超絶鈍感な私でも気づいてしまったことがある。
「沖田先輩……昨日、お掃除サボったんですか? 」
沖田先輩はしばしの沈黙の後、両手を顔の前で合わせると「本当、ごめん。僕の隣の席の奴ってサッカー部なんだけど、は? 美化週間? なんだよそれ。そんな不平等なことやってられるかよ。早く練習行きたいから掃除なんてサボるわ。
あ? お前もサボればいいじゃん。そしたら、誰か他の奴がやるだろ。掃除なんて暇な奴にやらせておけばいいんだよ。じゃあな‼︎
って感じの奴なんだよ。僕はサボるのはどうかなって思ったんだけど、1人でやるのは大変そうだし……結局、サボっちゃったんだよね。
本当、ごめん。でもさ、隣が女子だったら少しはやる気出たのに、男だから良くなかったよね。
てことで、悪いのは僕とあいつを隣の席にした永倉先生ってことかな。え、ちょっと、岡田君、そんな怖い顔しないでよ。もう、済んだことだよ。
あ、でもでも、色々言ったけど、次の美化週間は頑張るから。本当、絶対頑張る。約束するから、許してくれないかな? 」と言って小首を傾げた。
か、可愛い♡ 全然オッケーです。先輩の代わりに私たちがお掃除します‼︎ ——そう思ったのは、どうやら私だけだったらしい。
「事情はよく分かりました。かといって許せるかと言われれば、僕は先輩を許すことができません。
名門剣道部の次期部長ともあろう沖田先輩が、率先して掃除をサボるなんて部員たちに示しがつきません。
次じゃなくて今やってください。今。
昨日、サボった分の労力を今ここで全力で出し切ってください。そうすれば、桃も重たいファイルを何度も何度も積み重ねる必要もなくなります。
桃の為なら頑張れますよね? さあ、遠慮なくどうぞ」
雑巾を差し出された沖田先輩ががっくりと肩を落とし「僕、掃除苦手なんだよね。というか嫌いって言った方がしっくりくるかな」と言いながらゆっくりと後ずさりして行く。
陸はそんなことには御構い無しで、嫌がる先輩の手に無理矢理雑巾を持たせ、ふわりと微笑んだ。
「どうせ、桃にも掃除をサボらせるつもりだったんですよね? 僕1人に掃除を押し付けようなんて、そうはさせませんよ、先輩」
え……怖い、怖い、怖い。
陸はいつものように微笑んでいるはずなのに、少しも目が笑っていない。目の奥には冷たい光がぼんやりと灯っている。
もしかして怒ってる? 怒ってるの? 陸。
な、何とかしなきゃ。あ、そうだっ。
「わ、わぁ♡ 沖田先輩も手伝ってくれるんですか? 嬉しいな。3人でやればすぐに終わりますね♡ 」
あ、なんか棒読みになっちゃった……。私、ちゃんとフォローできてる? え? できてない? だよね。私が1番分かってるよ。
もうっ。この重たすぎる空気のフォローできる人いませんか? ねぇ、誰か助けて‼︎ 泣
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